2018年2月7日

空力の鬼才エイドリアン・ニューウェイとは③

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登る山は果たして世界最高峰か?


車両のフロントエンド、ミドル、リヤエンドごとの空力デザインが完了すると、空力開発の統括リーダーの下での全体最適化の開発が始まります。開発コンセプト通りに車両全体の空気流が実現しているか?目標に掲げた空力性能を達成しているか?または更なる性能向上が見込めるか?といった視点で空力性能を磨いていきます。

F1の場合、差し迫る時間との闘いでもあります。時間の許す限り性能を絞り出そうと世界中から集まった優秀なエンジニアたちが必死に最適化を繰り返すのです。そしていよいよ最終出図を迎えます。その時のエンジニアの心境たるや『やれることは全てやった。今はこれがベストであることは間違いない』といったところでしょう。

しかし、ふと、こんなことが脳裏をよぎるのです。

『僕たちが目指してきたこの山の登頂は、果たしてエベレストなのだろうか?』

(引用元:Himalayan Experience)
全体最適化の取り組みを始めた時、エンジニア達は山の麓にいます。その頂点は雲に隠れており、その高みを窺い知ることはできません。シーズンが開幕し、晴れ渡った空の下で全てのチームが一同に会した時、自分たちが登り詰めてきた山の高さを初めて知ることになるのです。

もし世界最高峰と信じて目指してきた山頂(つまり開発してきたF1マシンの性能)が富士山ほどの高さであったとしたら?そして他チームが自分たちよりも高い山頂に登り詰めていたら?それはすでに取り返しのつかない事態であることを意味します。

麓ではなく上空から頂点を見極める力


様々な組み合わせから最適解を見極めようとする解析手法は近年盛んに開発されています。また、スーパーコンピュータの性能向上に伴い、その解析領域は指数関数的な拡大傾向を示しています。

レギュレーションにより実行可能なCFD計算量に制限はあるものの、複雑かつ膨大な非線形性を持つ流体力学モデルの全体最適解を導くことは現時点では不可能です。つまり、全体最適化の課題はエンジニアたちの前に依然として立ちはだかっているのです。

(引用元:理化学研究所)
この課題に対して最も強いチーム、それがニューウェイ率いるRed Bullなのです。そのRed Bull の空力エンジニアであるダレンはこう言ったのです。

『ニューウェイが示してきた解はこれまで常にベストであったよ。』

さらに彼はこんなことも言っていました。

『彼が導き出すベストな解を僕らが出そうとすると10人の空力エンジニアが必要なんだ。でも、彼はそれを本当に一人でやってのけてしまうのさ。』

つまり、ニューウェイ氏は上空から最高峰の山を見つけ出す驚異的な能力があるとダレンは言っているのです。

にわかに信じ難い話ですが、ニューウェイ氏のこれまでの輝かしい実績を見れば誰しもその言葉を信じたくなることでしょう。また、ダレンによれば、Red Bullの2018年マシンはニューウェイが久しぶりに陣頭指揮を執って開発したマシンになるそうです。つまり、確実に速さを備えているいることを意味します。

(引用元:レッドブルレーシング公式HP)
果たして今年のRed Bullはどのようなパフォーマンスを見せるのか?今年のF1において、最も注目すべきマシンの一つ、それはRed Bullの2018年マシンRB14であることは間違いありません。

[追記]
結果的にRB14は年間で4勝を挙げる活躍を見せ、2018年No.1シャシーの評価を得ています。


なぜ空力の鬼才は生まれたのか?


ニューウェイ氏がF1でのキャリアを始めた頃、F1マシン開発に関わる人数は今に比べれば非常に少ない人数でした。このためエンジニア一人が担当する範囲は広かったのです。さらにニューウェイ氏は若い頃よりマシンのチーフデザイナーとして活躍してきたので、全ての技術領域に精通する機会に多く恵まれました。

本人のずば抜けた才能に加え、時代もニューウェイ氏の能力を高めることを助け、希代のF1エンジニアへと登り詰めたのです。

現代のF1マシン開発は細分化開発が主流であることから、空力に限らず様々な技術に精通した技術的マルチドメインなトップエンジニアは減少傾向にあります。近代F1で名を馳せたジョン・バーナード氏、ロリー・バーン氏、ハーベイ・ポストレスウェイト氏(1999年死去)はすでに一線を退いており、ニューウェイ氏は現代F1の中では特に貴重かつ稀有な存在であると言っても良いでしょう。

(引用元:F1速報)
そして、非常に残念なことですがニューウェイ氏のようなエンジニアが今後生まれてくる可能性は極めて低いと考えられます。その理由は上にも書いたように、現代のF1マシン開発は細分化開発が基本であることから、個人の責任分担がトップチームでは非常に小さく、広範囲に渡る技術領域に精通する機会が少ないためです。

全体最適解を導けるエンジニアが生まれにくいにも関わらず、全体最適解を導くことがより一層重要になってくるというのは何とも皮肉な状況です。自分が今すぐニューウェイ氏のようになれるとは全く思いませんが、このような難課題に挑んでライバルを打ち破ることがF1という世界でエンジニアとして働く醍醐味の一つです。

ニューウェイ氏に追いつく。そして、追い越して打ち勝つ。ダレンとの出会いは、そのことがいかに難しいことであるかを知ることができました。F1エンジニアとして、僕は未だ道半ばな存在ですが、いつか彼のような大きな存在になりたいと思ってやみません。

[おわり]