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2020年9月6日

シミュレータ技術の世界とその基礎-第4章-

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]


はじめに。


ブログテーマ『シミュレータ技術の世界とその基礎』もいよいよ最終回です。これまで3回に渡り、シミュレータやシミュレーションに関わる技術や考え方について解説しましたが、今回はいよいよ核心的なトピックである『Simレーサーとリアルレーサー』の違いについて解説したいと思います。

iRacing
(引用元:iRacing公式サイト)
そして、多くの人が疑問に思っているであろう『Simレーサーがリアルレーサーに転向して成功することは可能なのか?』という疑問にも、僕のこれまでのエンジニアとしての経験、そしてF1の世界で培った経験も踏まえてお答えします。本テーマの最終回、ぜひ楽しみながら読んでもらえると嬉しいです。

今回は結論から言おう。


最終的な結論が気になって仕方ない人が多い(?)と思うので、まずは結論から書くことにします。僕が辿り着いた結論は以下の通りです。

『Simレーサーがリアルレーサーに転向することは可能だが、プロフェッショナルなレーシングドライバーとして成功する可能性は低いかもしれない』

この結論に関しては賛否両論あるのは間違いないと思います。シミュレータの愛好家の方からすると、この結論を残念に思う方もいらっしゃるかと思いますが、なぜこのような結論に至ったのか?そのロジックをドライバーの運転行動様式と心理、これら2つの視点を交えながら解説します。


ドライバーの運転行動様式


以前のブログではドライバーがどのような行動サイクルに基づいて運転しているのかを解説しました。ここでは復習を兼ねて簡単にその内容を振り返ってみましょう。まずは次の図を見てください。


ドライバーは自身が置かれている状況を『認知』し、様々なことを『判断』します。例えば、視覚情報として赤信号を『認知』すれば、減速・停止するという『判断』を下します。そして、その『判断』に基づきブレーキを『操作』します。 その後、ブレーキ操作入力を受けた車両は減速をし始めるのですが、その『車両挙動』の変化を受けてドライバーは再び『認知』、『判断』、『操作』を繰り返します。これがドライバーの運転行動様式です。

シミュレータでも、次の図に示すように基本的にはリアルと同じ運転行動様式となります。リアルと大きく異なる点は、ドライバーへの車両挙動のフィードバック情報量が大きく制限されてしまうことでしょう。また、ゲーミングシミュレータではドライバーにフィードバックされる情報が現実の車両挙動から乖離していることも課題です。


ここで注意すべき点は、上で述べたシミュレータの抱える課題がSimレーサーとリアルレーサーの優劣を決めるものではないということです。リアルレーサーは実車から膨大な車両挙動の情報を処理して速さを実現する能力がある一方、Simレーサーは非常に限られた車両挙動フィードバックの中で驚異的な速さを絞り出す能力に長けるからです。

つまり、運転行動様式という観点で言えば、どちらもそれぞれの環境で卓越したスキルを持っていると言えるのです。

ドライバーの心理状況の違い


リアルレーサーとSimレーサーで心理状況はどのように異なるのでしょうか?僕の考えとしては、この心理状況の違いを克服することがSimレーサーがリアルレーサーに転向するに当たって最も大きな課題であると考えています。

ここでは例として、富士スピードウェイのストレートを時速250km/hで走行することを想定してみましょう。リアル、シミュレータ、どちらも時速250km/hを出すことは難しいことではないでしょう。しかし、リアルな走行では人間の心理には『生命の危険』が確実に生じます。

© DUTCH PHOTO AGENCY/RED BULL CONTENT POOL
実際にレースとなると、その心理状況の差は顕著になるはずです。リアルでは時としてバトルでの接触や車両トラブルによる事故は自分だけでなく、相手の生命に危険が及ぶこともあります。このため、リアルでのドライバー運転行動の『判断』には、当然ながら慎重さが求められることは言うまでもありません。

加えて、肉体的にも極限まで追い込まれた状況で常に適切な『判断』と『操作』を実行しレースで強さを発揮する能力は、やはりリアルでしか得られないものでしょう。


まとめ。


Simレーサーがリアルに転向した場合、恐らく『速さ』という点ではリアルレーサーに匹敵ないし凌駕することは十分に考えられます。しかし、リアルでは、シミュレータとは絶対的に異なる心理状況にドライバーが置かれることから、Simレーサーはリアルなレースでの『強さ』という点では苦戦する可能性が高いと言えます。

これが、このブログの冒頭で述べた結論、『Simレーサーがリアルレーサーに転向することは可能だが、プロフェッショナルなレーシングドライバーとして成功する可能性は低いかもしれない』に至った理由です。

Lando Norris (引用元:F1公式サイト)
もちろん、ゲーミングシミュレータは今後もどんどん進化していくと予想されるので、『速さ』を追求するという点では非常に効果的なトレーニングツールとして活躍してくれるでしょう。もし、プロのレーシングドライバーを目指すなら当然シミュレータを活用しない手はありません。

リアルなレースを通じて『強さ』を、シミュレータでのトレーニングで『速さ』を、これら2つをバランス良く獲得した新世代のドライバーがF1の世界でもすでに活躍していることから、今後この傾向はどんどん高まってくることでしょう。もしかしたら、シミュレータでの『速さ』の追求はプロドライバーになるための必須条件になっている、すでにそう言っても過言ではないのかも知れません。

[おわり]

2020年8月22日

シミュレータ技術の世界とその基礎-第3章-

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]


はじめに。


前回のブログでは、どんな現象をどこまで再現したいのか?目的に応じてモデリングレベルを決めることが重要ということを解説しました。シミュレーションはクリック一つで結果を出してくれるとても便利なツールですが、モデリング手法が変われば結果も変わります。計算結果については非常に慎重な検証が必要なのです。

ADAMS Car
(引用元:MSC Software公式サイト)
さて、取り扱いに慎重さが求められるシミュレーション技術ですが、今回のブログでは、車両運動や車両システムのモデリングに用いられる代表的なソフトウェアを紹介したいと思います。果たしてどのような世界観なのか?ちょっと専門用語が多くなりますが、その雰囲気を感じてもらえれば幸いです。

車両モデルソフトウェア


ここでは主に、車両を統合的にモデル化する際に使うソフトウェアを紹介します。まず最初は、僕が国内自動車メーカーでエンジニアをしていた頃にお世話になったソフトウェアです。その特徴を紹介しましょう。

1D系車両運動解析ソフトウェア


日本国内はもちろん、世界中の自動車メーカーで幅広く使われているのがCarSIMやCarMakerを代表とする1D系車両運動解析ソフトウェアです。このタイプのソフトウェアの特徴は、サスペンション、トランスミッション、エンジンなどの車両コンポーネントを簡素な運動方程式や、特性マップを用いて構成していること(1Dモデリング)です。このため演算速度が速く、拡張性の高さがメリットです。

CarSIM
(引用元:バーチャルメカニクス公式サイト)
各コンポーネントのモデル詳細度が低いため、動的特性の再現には制約がありますが、精密な動的車両挙動の再現が求められない場合(自動運転制御ロジックの性能評価など)に幅広く活用できます。ちなみにiRacingやrFactorなどはこの1D系車両運動ソフトウェアに分類されますが、CarSIMやCarMakerは、詳細度および拡張性という点でゲーミングシミュレーションソフトを大きく上回る機能性を有しています。

3D系車両運動解析ソフトウェア


前述した1D系車両運動解析ソフトウェアが再現できない部分を再現可能とするのが、3D系車両運動解析ソフトウェアです。代表的なソフトウェアとして、ADAMSやSIMPACKなどがあります。これらのソフトウェアは、別名としてMulti Body Dynamicsとも呼ばれ、3次元形状と3次元空間の動きを再現できることが特徴です。また、各座標点に弾性力、減衰力などの特性を織り込むことも可能で、様々な動的特性を再現できます。

ADAMS Car
(引用元:MSC Software公式サイト)
デメリットとしては、モデルの非線形が高く、演算時間が長くなってしまうことです。また、陰解法を主体としたソルバーを使うことが一般的で、場合によっては演算が収束せず停止してしまうことも。このため、モデリングには非線形性を低減するちょっと高度なスキルが求められます。


複合物理解析ソフトウェア


クルマをモデリングする…この言葉の意味することが、果てしなく膨大な仕事であることを実感できる人はシミュレーション技術に精通しているヒトでしょう。なぜなら、クルマには様々な物理特性を持つシステムがあるからです。

AMESim (引用元:LMS Imagine Lab.公式YouTube*)
燃料噴射システムを例として挙げると、このシステムには以下の工学領域が含まれます。

  • 流体力学(燃料の流れ)
  • 機械工学(ポンプの機械的特性)
  • 電磁気学(ポンプモーターやインジェクタソレノイドの特性)
  • 制御工学(燃料ポンプのモータの制御ロジック)
  • 熱力学(各コンポーネントによる発熱とその伝熱)

簡単に言うと、世の中に存在する全てのシステムは、様々な物理現象と関連しており、それぞれが相互に影響しあっています。このような複雑な現象を解析するために用いられるのが、複合物理解析(Multi Physical Analysis)ソフトウェアです。代表的なソフトウェアとして、AMESimやDymolaなどがあり、上に紹介した車両運動ソフトウェアとの連携も可能です。

この種類のソフトウェアには様々な物理モデルライブラリと使いやすいユーザーインターフェースが備わっている一方、モデルの妥当性検証には高度な技術と知見が求められます。手前味噌ですが(汗)、現在の僕はその技術と経験を有していることが大きな強みの一つだと考えています。

*現在の社名はSIEMENS Industry Software S.A.S.

まとめ


今回のブログでは、クルマのモデル化に必要なシミュレーションソフトウェアを紹介しました。それぞれにメリット・デメリットがあり、前回のブログでも解説したように、目的に応じて適切な車両運動解析ソフトウェアを選定する必要があります。また、複合物理解析ソフトウェアは、複雑な現象の解析に対応可能で、車両モデルの詳細度を高めることにも活用できます。

何度も書きますが、シミュレーション技術は『クリックすれば正解が得られる万能な魔法』では決してありません。正解を得るため、使い手であるエンジニアが適切な手法でモデリングし、適切な手法で妥当性を検証しなくてはならない技術なのです。ぜひ、このことだけは知っておいてもらいたいと思います。

今回はちょっと専門用語の多いブログとなってしまいましたが、シミュレーション技術が必ずしも万能ではなく、使い手次第ということを少しでも実感してもらえたならば嬉しい限りです。次回のブログではいよいよ今回のテーマの核心ともいえるトピック、『Simレーサーとリアルレーサーの違い』について書きます。次回もどうぞお楽しみに!

[つづきはコチラ]

2020年6月27日

シミュレータ技術の世界とその基礎-第2章-

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]


はじめに。


前回のブログでは、シミュレータなどの数値計算技術が離散化によって成り立っており、パラパラ漫画のような世界であることを解説しました。今回のブログでは、そもそもどのようにしてクルマがコンピュータ上でモデル開発されるのか?その考え方と手法を紹介します。

Multi Body Dynamicsモデル
(引用元:Dassault公式サイト)
なお、今回はTwitterのアンケートで要望の多かった『サスペンション』を例に挙げて解説を進めたいと思います。サスペンションはタイヤと共に車体を支える装置として知られていますが、このブログを通じそのモデリング手法の奥深さ(厄介さ?)を感じてもらえれば幸いです。

最初にやるべき大事なこと。


『サスペンションってどうモデル開発するんだろ?早く知りたい~!』と思っているそこのアナタ。焦ってはいけません。モデル開発を考える前に一番重要なことを考えなくてはなりません。それは…

『モデル開発の目的を明確にすること』

例えば『タイヤ摩耗を最小化できるレース車両のサスペンションを設計する』、『シミュレータゲームで多くのユーザーが運転しやすいサスペンション特性を明確にする』、『異なる車種の車両モデル間で共有することが可能なサスペンションモデルを設計する』などです。

Kevin Decherf from Nantes, France / CC BY-SA
どんな事でも同じことが言えると思いますが、目的を持たずに走り出しても、どこまで行き着けば良いのか分かりませんし、その目的の達成までに何が必要なのかも分からなくなってしまいます。モデル開発も同じで、まずは『再現したい特性や現象』を明確に定義する必要があります。


どこまで再現するか?するべきか?


目的を明確にした後にやること、それがモデリングレベルの決定です。このモデリングレベルの解説にあたり、サスペンションのモデル開発における要素を段階的にリストアップしてみることにします。

サスペンション幾何学モデル
(引用元:OptimumG社公式サイト)

Modelling Level-1

  • サスペンションの幾何学的軌跡
  • ダンパーの減衰特性
  • スプリングの弾性要素

ちょっと専門的な表現が出てきましたが、上の3つはサスペンション設計の基本ともいえる要素で、過去ブログで紹介した1自由度のバネマスモデルを拡張することで再現できます。ここではこの三つの要素をモデリングレベル1とし、次のモデリングレベルに踏み込んでみましょう。

Modelling Level-2

  • サスペンションの静的保持剛性
  • サスペンションの動的保持剛性
  • ダンパー内流体の動粘性係数
  • スプリングの弾性要素の非線形特性

このレベルでは実際のサスペンションの特性をさらに詳細に再現できるようになります。その特徴は、動的特性(微分項に依存して特性が変化)と、非線形特性が再現されることです。これらの要素の再現をモデリングレベル2とします。筆者は、市販のシミュレーションソフト(iRacingやrFactor)はレベル1を少し超えたあたりに到達しており、現在はレベル2に到達することを狙っているのでは?と推測しています。

このレベルともなれば、一般の人から見れば十分に高い再現度に見えるかも知れません。しかし…これでもまだ実物との乖離は大きいのです(汗)。そこで、今回はもう一つ上のレベルにまで踏み込んでみましょう。

Modelling Level-3

  • サスペンション部品のたわみ・座屈などの弾性変形
  • 温度変化に起因する弾性および減衰特性の変化
  • サスペンション部品間の摩擦によるヒステリシス特性
  • ダンパー内部品の弾性・摩擦によるヒステリシス特性

このレベルに到達すると、場合によっては単一の解析ソフトウェアでのモデル開発は困難になります。例えば、上記の『サスペンション部品のたわみ・座屈』をシミュレーション上で詳細に再現したい場合、線形有限要素法(FEM)との連成解析が必要になります。

一通りのモデリングレベルを紹介したので、その特徴などを表にまとめてみましょう。この表の内容を見れば、難しい技術用語は理解できずとも、モデリングレベルの概念を理解しやすくなると思います。


さて、ここで改めてモデル開発の『目的』を振り返ってみましょう。市販のシミュレータゲームで言えば、その目的はドライビングを楽しむことなので、あえて大まかに言ってしまえばモデリングレベル1でも十分かも知れません。

一方、自動車メーカーでは、サスペンション設計や運動性能開発にも対応可能な高いモデリングレベルが求められます。その場合、ハードウェアとソフトウェアに必要なコストはまさにケタ違い……一般向けのシミュレータソフトウェアと比べて4ケタくらい違っても驚かないくらいです。

日産自動車NTCにあるドライビングシミュレータ
(引用元:日産自動車公式YouTubeチャンネル)
このように目的に応じつつ、時には確保した予算に応じて決めるモノ、それがモデリングレベルなのです。

まとめ


今回のブログでは、サスペンションを例としたモデリングレベルの解説を通じ、モデル開発の考え方とその手法を紹介しました。ここで要約すると、モデル開発とは複雑な物理現象をいくつかの側面から切り出すことです。

このため、モデルそのものは完全ではありませんし、現実とは違う部分が必ずあります。しかし、そのこと自体は大きな問題ではありません。モデリングレベルを適切に決定し、目的を満足しさえすればそれで充分なのです。

以上がモデル開発の考え方と手法です。概念的な説明が多く、エンジニアではない読者の方にとっては少々難解だったかと思いますが、いかがだったでしょうか?次回のブログでは、エンジニアではない人にとってはまず触れることのない、シミュレーションソフトウェアの世界を紹介します。

次回更新もどうぞお楽しみに!

[つづきはコチラ]

2020年6月20日

シミュレータ技術の世界とその基礎-第1章-

[重要なお知らせ(Important notification)]


はじめに。


コロナウイルスによって2020年の生活様式は大きく変わってきましたが、皆さんはどのように暮らしを変えましたか??自宅で過ごす時間が長くなった分、苦労が絶えなかったかと思います。

そんな中、モータースポーツ好き、クルマ好き、さらには多くのプロレーシングドライバーまでもが取り組むようになったアクティビティがあります。そう、ドライビングシミュレータです。

VI-grade Driving Simulator
(引用元:VI-grade公式サイト)
今ではオンラインでの対戦が繰り広げられ、現役F1ドライバーたちも参加する公式eレースのチャンピオンシップが人気を博しており、今後の発展を予感させてくれました。このようなポジティブな発展が見られる一方、SNS上ではシミュレータ技術に関する誤解や、Simドライバーとリアルドライバーの優劣に関するちょっと過激な議論が繰り広げられていることに目が止まりました。

そこで、eレースやSimレーサー、そしてリアルレーサーの凄さをより深く理解することをサポートするため、今回のブログテーマではシミュレータ技術の世界を紹介します。

ところで、シミレータは英語でSimulatorと綴ります。シミレータではありませんので、まずは言い間違えにご注意下さい(汗)。

Lando Norris on Simulator
(引用元:Lando Norris Official Twitter)

学生時代の授業の想い出と言えば?


もし、『シミュレータなどの数値解析技術を、誰にでも分かりやすく説明するなら、どう例える?』と聞かれたら、僕は真っ先にパラパラ漫画と答えます。中学生の頃の僕はそれなりにマジメな生徒でしたが、時としてパラパラ漫画を授業中に描きたくなる衝動を抑えきれなかったものです…。その想い出のパラパラ漫画で数値解析を例えます。

どういうことか?それをグラフ図を使って解説します。次のグラフ図を見てください。

連続時間
このグラフ図は現実世界における、ある車両姿勢を時間軸で模した図です。私たちは、このグラフのように途切れることのない連続時間の世界で生きているのですが、ごく当然のことだと実感できると思います。

一方、同じ車両姿勢を数値解析の世界のグラフ図で表すと次のようになります。

離散時間
現実世界との違いを明確に理解できたかと思います。数値解析は、ある時間間隔ごとの状態量を計算しているのみで、現実世界のように連続ではありません。まさにパラパラ漫画のように時間が細切れにされた世界なのです。

このように、ある事象を断続的に表現することを離散化と言います。今回は時刻毎に離散化することを前提としましたが、数値流体解析CFDや有限要素法FEMなどの形状モデルのメッシュ化に適用されるなど、様々な分野で離散化の概念が使われています。


なぜ、離散化が必要なのか?


あなたがPCで何かを計算する時(例えそれがコンビニでのお釣りの計算であったとしても!)、その計算結果を得るには必ず時間経過が伴います。簡単な計算であれば、その結果は瞬く間に画面に表示されるでしょう。

では、PCで車両姿勢を計算する場合はどうでしょうか?この場合、サスペンションの動き、タイヤが発生する力、エンジンを含むパワートレインの挙動、空力特性の変化など計算しなくてはならないことがたくさんあるため、すぐに計算結果は弾き出されません。

Full Vehicle Model
(引用元:Claytex公式サイト)
ともあれ、いずれの場合も大なり小なり時間がかかるワケです。もし、ある時刻の力学的な釣り合い状態だけを計算するのであれば、計算所要時間が長くとも大きな問題にはなりません。一方、シミュレータでは絶え間なく続くドライバーからの入力に応じ、リアルタイム演算を成立させながら計算を続けなくてはなりません。

では、ここで先ほどの離散化のグラフ図をちょっと拡大しつつPCの稼働状況も載せてみることにします。

リアルタイム演算の概念
この図で離散化が必要な理由がお分かりですね??各時刻における計算の完了には一定時間が必要となるため、連続時間を断続的に区切って状態量を表現するしかないのです。また、シミュレータの場合、決めた断続時間の合間に計算を完了させなくてはならず、一般的にその断続時間は0.001秒であることが求められます。

これが離散化が必要となる大きな理由の一つなのです。

まとめ


シミュレータなどの数値技術解析では、離散化によって現実世界をパラパラ漫画のように細切れにせざるを得ないことを解説しました。今後、量子コンピュータ技術などにより演算能力が向上し、細切れの時間間隔は短くなるでしょう。

しかし、どんなに演算能力が向上しようとも計算時間をゼロにすることは現実的ではなく、離散化から逃れることはできません。言い換えれば、連続時間で成り立つ現実世界を数値解析で完全に再現することは不可能だと言えるのです。この事実を数値解析に携わるエンジニアは理解しておく必要があります。

『え?じゃ、なんで現実の完全再現が不可能な技術を活用するのさ?』

このような疑問を持った人もいるでしょう。次回のブログでは『モデリングの考え方とその手法』というテーマでその疑問にお答えしたいと思います。次回更新もどうぞお楽しみに!

[つづきはコチラ]

2020年3月25日

F1ナルホド基礎知識??【F1とシンギュラリティ】

[重要なお知らせ(Important notification)]


技術的特異点(シンギュラリティ)とは?


シンギュラリティ(Singularity)という言葉をご存じだろうか?

この言葉の意味するところは多岐に渡るが、最近では技術的特異点として認識される機会が多いのではないだろうか。つまり『人口知能(Artificial Intelligence)の自己進化により、究極的な能力を発揮し始めるポイント』と言う意味だ。近い将来、多くの仕事がAIに置き換わると言われている。

本ブログは上の画像をしっかりと確認した上で読むことを強く推奨
一方、数学・物理学的にシンギュラリティと言えば、状態空間方程式などマトリックスを用いた演算において、行列式がゼロ(detA=0)となり解が存在しないことを意味する。方程式として特異な点があるというわけだ。

つまり、シンギュラリティとは、対象となる系において何らかの特異点が存在すると言って良いだろう。

では、F1においてシンギュラリティとは何を意味するのであろうか?今回のブログでは、将来的にF1に訪れるかも知れないシンギュラリティについて、いくつかの技術的側面から考察してみることとする。

車両運動数値解析におけるシンギュラリティとは?


ご存じの通り、現代のF1ではドライビングシミュレータを使った車両性能開発はもはや必要不可欠と言って良いだろう。残念ながらその開発の舞台裏をこのブログで紹介することはできないが、シミュレーション技術における一般的知識の範囲で解説する。

車両運動シミュレーションでは様々なコンポーネントがモデル化されている。それらはほとんどの場合、様々な非線形特性を持つ。ここではごく簡単な例としてダンパーを紹介する。

ヤマハ パフォーマンスダンパーの内部構造
(引用元:ヤマハ発動機株式会社)
一般的にダンパーはストロークの速度に応じて力を発生するが、ダンパー内にシートバルブを設けることで意図的に発生する力を変化させることもできる。このため、必ずしも速度に比例した力を発生するわけではなく(つまり減衰係数が一定値ではない)、発生する減衰力は速度に対して非線形特性を持つ。

それだけではない。ダンパーのピストンとシリンダー間に発生する摩擦力は、数値解析において不連続性の原因となる。また、ダンパーは作動時間の経過に伴い熱を発生するため、それもまた減衰力特性を変化させてしまう。

このような非線形特性と依存性は陰解法を用いた車両運動数値解析においてシンギュラリティの原因となり、しばしば演算停止または演算負荷の過度な増加の原因となるのである。もちろん、陽解法であれば短時間で解に辿り着けるが、陰解法に比して解の精度が良くないという課題がある。


空力開発におけるシンギュラリティとは?


2000年代になり圧倒的に飛躍してきた技術がある。それがCFD(数値流体計算力学)である。CFDの基礎方程式として有名なNavie-Stokes方程式が提唱されたのは1845年であり、実のところ、流体の挙動を解き明かす理論は100年以上前に先人たちが到達していたのである。

Navie-Stokes方程式
(引用元:株式会社ソフトウェアクレイドル)
しかし、当時はその方程式を手計算で解くなど不可能であった。なぜなら10秒ほどの流れ場を計算するために、現代の計算機であっても数日ほど必要とすることもあるからだ。仮に手計算で取り組むとすると、一生かかっても計算を終わらせることはできないだろう。

つまり、計算機が必要不可欠なのであるが、その計算機の登場は1845年から95年後の1940年、Alan Turingによって開発されたbombeまで待たなくてはならなかった。

デジタルコンピュータの元祖Bombe
(引用元:Wikipedia)
もちろん、1940年当時の計算機でもNavie-Stokes方程式を解くことは不可能であり、CFDとして意味のある計算結果が得られるようになるまで更に60年ほどを要したのである。そういった意味では、空力開発のシンギュラリティはごく最近起こったと言っても良いかも知れない。

なお、ここで言う『Navie-Stokes方程式を解く』とは一般解を求めることではなく、一定の前提条件の下、陰解法で漸近的に数値解析するという意味であることに留意されたい。なお、一般解を導くことができた方はクレイ数学研究所へ報告すると良い。

今後、レーシングカーに求められるシンギュラリティとは?


正直に告白すると、私はこれからF1において起こるであろうシンギュラリティの存在に気付いていた。しかも、それは私が中学3年生だった1992年のことであった。

レーシングカーに限らず、クルマとはタイヤが路面に接地していることが運動の前提条件となる。いや、むしろ基本原理・原則と言って良いだろう。しかし、その原理・原則が根本から覆されてしまったとしたら?

それは正に今回のブログテーマであるシンギュラリティそのものだろう。もしくはラプラスの箱と言っても良い。

今、このブログを読んでいる皆さんに、ここでお願いしたいことがある。28年前に僕が気付いたというシンギュラリティを今から紹介するが、そのことについては秘密にしておいてもらいたいのだ。

この約束を守ってくれる人はこのページをしばらくスクロールして欲しい。あなたはいずれF1の世界に訪れるであろうシンギュラリティの真実を知ることになる。















宙に浮いてもコーナリングフォースを発生する
驚異的なカート
[おわり]

2020年3月15日

F1なるほど基礎知識【F1とその最高速度】

[重要なお知らせ(Important notification)]


はじめに。


F1には大きな魅力がたくさんありますが、その魅力の一つに最高速度が挙げられます。その数値は時速350kmを超え、加減速や旋回速度などトータルで考慮すると、地上を走る乗り物としては最速と言っても過言ではないと思います。

画像引用元:F1公式サイト
今回の『F1なるほど基礎知識』では、F1の速度について注目し、その基本を解説してみたいと思います。速度について知れば、レースを見る視点がいつもと違ってくるかも?知れません。

まずは比較してみよう。


何か物事を理解しようとするとき、効率の良いやり方の一つは『身近なものと比べてみる』ことでしょう。ここでは二つの身近なモノとF1を比較してみることにします。

自然現象との比較『台風』

僕がF1の凄さを説明する時によく引き合いに出すのが台風です。最近は非常に強い台風が日本を直撃するようになりましたが、2019年に関東地方を直撃した台風21号の最大風速は秒速50mです。これを時速に換算すると時速180kmになります。

引用元:NASA公式サイト

つまり、非常に強い台風だとしてもF1の最高速度のおよそ半分の風速しかないのです。しかもF1のラップ平均時速は230km/hほどなので、F1マシンとドライバーは台風をはるかに凌ぐ風圧を受けながら走っていることになります。

そして、その速さを生かし、想像を絶するほどのダウンフォースをF1マシンは生み出しているのです。

他の乗り物との比較『新幹線』

地上を走る乗り物で身近な存在と言えば新幹線です。その最高速度は東北新幹線の時速360kmで、F1とほぼ互角と言えます。しかし、F1は直線だけではなく旋回性能が圧倒的に高いことも特徴の一つです。

JR West 500 W8

鈴鹿サーキットの名物コーナーの一つに130Rというコーナーがありますが、この130Rはコーナーの半径が130mであることを意味しています。この130RをF1マシンは時速300kmを超えるスピードで駆け抜けるのですが、新幹線はこのような旋回半径をF1と同じような速度では走れません。 新幹線の場合、400~2000Rほどの半径でも速度を落とさざるを得ないようです。

もちろん、新幹線の用途と重量を考えれば、F1との直接比較そのものに大きな意味はありませんが、少なくともF1が凄まじい風圧の中で強烈な旋回性能を発揮していると言えます。


最高速度は重要か?


さぁ、いよいよ今回のブログテーマの核心に迫ります。F1関係のメディアやテレビ中継では、レース中や予選中の最高速度が紹介されています。次の表は2018年の日本GPでの最高速度をまとめたものです。速度の計測ポイントは130Rの先です。

2018年 日本GP予選トップスピードランキング
この表から分かることは、最高速度の高さが必ずしもラップタイムの速さに直結していないことを物語っています。F1を良く知るコアなファンの方にとっては『コーナーでのダウンフォースを増やしているのだから、最高速度が伸びないのは当然だよ。』という考えが思い浮かんだと思います。

しかし、それだけでは最高速度の重要性を正確に論じたとは言えません。次節でグラフを使ってもう少し詳しく説明してみることにします。

ポイントはコーナーからの立ち上がり速度


ここでちょっとした想像をしてみましょう。F1マシンが鈴鹿サーキットのシケイン、そして最終右コーナーを駆け抜け、ストレートで加速していく様子をイメージしてください。 そして次のグラフを見てください。

車速の時間変化
赤線は高ダウンフォースで、高ドラッグ(大きな空気抵抗)を表し、コーナーは速いけれども最高速が伸びないセッティングA。一方で青線は低ダウンフォースで、低ドラッグ(小さな空気抵抗)を表し、コーナーは遅いけれども最高速が伸びるセッティングB。

このグラフを見れば、セッティングBで最高速を高めても、7.2秒間もの間、セッティングAに対して遅い速度でガマンしなくてはなりません。こうなると、速度で追いつく前にストレートで距離の差をつけられてしまうのです。

コーナーの最低速度をとにかく高めること重要
ここでポイントとなるのはコーナーを駆け抜ける際の最低速度です。手っ取り早くラップタイムを短縮したいなら、ある程度は最高速度を犠牲にしつつ全体的にダウンフォースを増やし、最低速度を高めれば良いわけです。これが必ずしも最高速度が重要ではないという理由です。

そうだとしても!(まとめ)


『なるほど、最高速度を多少は犠牲にしてもいいから、コーナーを速く走れるようになればいいわけね。簡単な話じゃん?』そう思った人もいるかも知れません。しかし、妥協することなく速さを徹底的に追及するのがF1です。

『コーナーも速くして、最高速度も高めたい。』

二律背反する性能を実現するためにはどうしたら良いのか?それを実現するために各チームはマシンに様々な工夫を凝らしています。果たしてどんな工夫がなされているのか…残念ながらこれ以上のことは書けませんが、一つだけ言えることがあります。

『幾多の革新的な技術アイデアがF1マシンには盛り込まれている。』

ということです。妥協を許さず、至高の技術を実現すること。これがF1における技術スポーツなのです。

[おわり]

2019年12月12日

X-By-Wire(エックスバイワイヤ)技術が拡げる自動運転技術の可能性②

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]


自動運転とX-By-Wire技術の関係


前回のブログで解説したように、自動車におけるX-By-Wire技術では、ドライバーの運転操作を信号に置き換えて自動車を走行させることを目的としています。しかし、航空機と異なり、ドライバーの操作力でも自動車の運転操作は可能であるにも関わらず、導入に至ったのはなぜでしょうか?

その理由は、ドライバーの運転操作が必ずしも正しいとは限らないことにあります。例えば、ドライバーが不適切なアクセル操作を操作すれば燃費の悪化に繋がりますし、ドライバーの意図通りの加速が得られないこともあるでしょう。

ダイレクトアダプティブステアリング(引用元:日産自動車公式HP)
しかし、X-By-Wire技術を応用すればドライバーの運転操作の情報に基づき、最も適切な運転操作を算出して修正することが可能となります。現在ではドライバーの運転操作には何らかの修正が加えられることは、もはや当たり前となっています。

このように、ドライバーの運転動作は何らかの形で電子制御による介入を受けていますが、エンジンスロットル、ブレーキ、ステアリングそれぞれの電子制御への介入の割合が100%となること、これがまさに自動運転です。つまり、X-By-Wire技術そのものが自動運転の土台になっているのです。

現在、全ての運転操作にX-By-Wire技術の適用が実用化されていることから、もはや自動運転の実現は時間の問題と言っても良いかも知れません。

それでもなぜ、自動運転技術の実現が難しいのか?


X-By-Wire技術はドライバー操作への介入が可能です。しかし、その介入は安全性を考慮した上で限られた条件下でのみ、作動されるように設計されています。この限られた条件を外すことが自動運転を実現することを意味しますが、この地球上に存在するすべてのドライバー、すべての道路、すべての環境条件においてドライバーの安全を担保して初めて自動運転が実現したと言えます。

しかしながら、すべての走行条件を考慮することは不可能と言っても良いかも知れません。走行条件の数は天文学的な数にのぼり、自動運転ロジックはその全てに対応できなくてはならないからです。しかし、だからと言って自動運転の実現が不可能かと言うとそうでもありません。実は不確定な条件を一つ除外すれば短時間での実現は十分に可能です。


その不確定な条件とは「人による運転操作」です。全ての運転操作を電子制御の判断に置き換えれば、不確定な条件を確実に取り除くことができます。

ドライバーの体調、気分、性格は運転操作に大きな影響を与える一方、電子制御システムは常に同じ判断を短時間で正確に下すことが可能です。技術的な観点で極論を言えば、この世に存在する全てのクルマにおいてドライバーの運転動作への関与を除外する(つまりドライバーレスにする)ことで技術的なハードルは各段に下がります。

自動運転開発ロードマップ(引用元:日産自動車公式HP)
もちろん、ドライバーレスをいきなり実現できるほど簡単ではないのが自動運転の技術開発であり、10年単位での時間が必要でしょう。ドライバーレスに関しては賛否両論ありますが、この圧倒的に困難な技術開発に対して有効な技術的パラダイムシフトの誕生に期待しつつ、自動運転の技術開発の進化には今後も目が離せません。

まとめ


自動運転を実現するには、X-By-Wire技術の動作シーンの圧倒的な拡大が必要であり、その拡大には困難を伴うことは明らかです。

自動車メーカー、IT企業それぞれ単独での開発ではユーザーにとって真に価値のある完全自動運転(Level 4)の実現は困難ですので、双方の強みと技術アセットを、会社の枠組みを超えて融合させていくことこそが、自動運転の実現のキーポイントになるのではないかと思います。また、その流れはすでにAlphabet(Google)が子会社化したWaymoの動向にも顕著に現れています。今後、IT企業、自動車メーカーがどのようにコラボレーションし、自動運転技術で抜きんでてくるのか?その動向にも注目です。

[おわり]

2019年12月9日

X-By-Wire(エックスバイワイヤ)技術が拡げる自動運転技術の可能性①

[重要なお知らせ(Important notification)]


はじめに。


近年、自動車メーカーに限らず様々な研究機関、IT企業による自動運転の技術開発競争が激化しています。今後もこの流れは続くと見込まれますが、一方でGoogleの自動運転技術開発の路線変更(当該事業の子会社化 + 自動車メーカーとの積極的な協業)、TESLA社の自動運転中と思われる死亡事故、Dyson社の電気自動車事業からの撤退など、電気自動車や自動運転の技術開発が難航していると思わせるニュースが少なくありません。


Steer-By-Wire搭載の日産スカイライン
(引用元:日産自動車公式HP)
なぜ、自動運転技術の開発は難しいのでしょうか?

本コラムでは、その難しさを解決するためのキー技術、『X-By-Wire(エックスバイワイヤ)技術』を紹介しつつ、自動運転技術開発の難しさの本質に迫ります。

開発工数の肥大化


この20年で自動車には数多くの統合電子制御システムが搭載されるようになってきました。その背景には、Bosch社による車載用通信プロトコルCAN(Controller Area Network)の普及があります。様々な電子制御が通信によって繋がることで、これまで実現が難しかった機能が数多く実現できるようになりました。

インテリジェントクルーズコントロール
(引用元:日産自動車公式HP)
その代表格はインテリジェントクルーズコントロールではないでしょうか。エンジン、ブレーキ、カメラ、レーダー、それぞれの電子デバイスをネットワークで繋ぎ統合制御することで、前車との距離を適切に保つ機能が実現可能になりました。このような電子制御システムの統合化は、絶大な恩恵をドライバーにもたらしますが、統合電子制御システムの開発はエンジニアにとっては大仕事を意味します。

そのシステムを世の中に出すに当たり、『安全性と信頼性を確保する』ための長大な開発プロセスが待ち受けているためです。


求められる安全性・信頼性開発力


なぜ、システムの統合化にあたり気の遠くなるような開発プロセスが求められるのでしょうか?その理由は『安全性・信頼性開発』にあります。

安全性・信頼性開発では、FMEA(Failure Mode and Effect Analysis)や、FTA(Fault Tree Analysis)などの手法に基づき、故障時のフェールセーフ機能をシステムに織り込みますが、 故障モードは多岐に渡るため、膨大な数のフェールセーフが必要になります。さらにISO26262(車載用電子制御システムの安全性・信頼性に関する国際規格)の適用が本格化したため、統合化対象の電子制御システムの数が増えると、安全性・信頼性開発の工数が指数関数的に増大することになるのです。

ISO26262の概要(引用元:ISO公式HP)
しかし、クルマに乗るお客様の命を預かる以上、その仕事に抜け目があることは許されません。まさにエンジニアにとって安全性・信頼性開発のスキルは、身に着けなくてはならない重要な技術的リテラシーです。一般的に電子制御システムは、その機能開発よりも安全性・信頼性開発の方が圧倒的に難易度が高いのです。機能性を損なうことなく、安全性・信頼性も同時に実現する。このような技術的リテラシーを持つエンジニアは自動車会社において一流と言っても過言ではありません。

もちろん、この技術的リテラシーは自動運転技術に携わるエンジニアにとっても重要なのですが、IT企業に上述のような技術的リテラシーを持つエンジニアがいるかと言えば、残念ながら現時点では『非常に限定的な数である』と言わざるを得ないでしょう。そして、このような人材の確保・育成こそが自動運転の技術開発に挑むIT企業にとって、大きな課題になっていると考えられます。

「エックスバイワイヤ(X-By-Wire)技術」とは?


明確な定義があるわけではありませんが、簡単に一般化すれば『人間の操作入力を電子信号に変換し、制御対象をモーターやアクチュエータなどの動力で制御すること』でしょうか。

この技術の輸送用機器への最初の適用事例としては航空機が最初で、当初はFly-By-Wireと呼ばれていました。Fly-By-Wire技術では、パイロットの操縦桿の動きをストロークセンサで検知、電子信号に置き換え、ラダーやエルロンを電子制御式の油圧アクチュエータなどで作動させます。

Photo By Ralf Roletschek - Own work, CC BY-SA 2.5
なぜ、Fly-By-Wire技術が開発されたのでしょうか?その理由は航空機の大型化・高速化です。第二次世界大戦の頃、航空機には自動車と同じレシプロエンジンが採用されていました。パイロットの操縦は機械式が採用されており、パイロットの手足の動きが機械的にエンジンスロットル、ラダーに伝わり、機体の動きを制御していたのです。

しかし、ジェットエンジンの登場で航空機の速度が著しく増加したことで人力による制御が困難になります。この課題を解決するため、より大きな力で、かつ正確な位置制御が可能なFly-By-Wire技術が開発されました。現在では様々な分野にFly-By-Wire技術は適用されていますが、制御対象が航空機だけでなくなったことから、X-By-Wire技術と呼ばれるようになったのです。

自動車において、X-By-Wire技術は、エンジンスロットル、ブレーキにも採用され、現在では一般的な技術として広く普及しています。また、これまでに適用が難しいとされていたステアリングシステムについても、日産自動車が実用化に成功しています。このように、現在の自動車はドライバーの運転操作が全て電子信号に置き換えられて走行することが可能となっているのです。

[つづきはコチラ]

2019年12月8日

車載用通信ネットワークの"開国"-第2章-

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]

CANは限界を迎えつつある。


電子制御システムの増加により、膨大な情報がCANを使って共有されていることは前回のブログで解説した通りですが、すでに通信バスは負荷限界に達しています。複数のCANを用意し負荷を下げるも、電子システムに求められる機能の高度化にはとても対応できない状況になりつつあります。

日産IDS コンセプト(引用元:日産自動車公式HP)
このような課題を解決するため、通信速度が圧倒的に速いEthernet導入をドイツのBOSCH社が提唱しています。インターネットがEthernetを使っている現状を鑑みれば、Ethernetを車載用に転用することは当然の選択と言えます。また、既存のインターネット用プロトコルが使えるようになれば、システム間通信速度の圧倒的な向上に加え、インターネットへのアクセスが容易になります。正に”コネクテッド・カー”には必須と言っても過言ではないかも知れません。

今回のブログでは、Ethernetがどのようにして車載用通信ネットワークを鎖国から開国へと導くことになるのか?その見通しを論じてみることにします。

Ethernetがもたらすメリットとは?


Ethernetの導入により想定されるメリットとしては、電子制御システムの遠隔アップデートが挙げられます。ソフトウェアに関するリコールが発生した場合、ユーザーはディーラーに車両を持ち込み、ソフトウェアのアップデート処理をする必要がありました。しかし、ネット経由で新しいソフトウェアにアップデート出来るので、ユーザーはソフトウェアの配信を待つだけで済みます。

(引用元:日産自動車公式HP)
また、好みの運転フィールを実現するために、スポーティなエンジン制御マップやステアリングアシスト制御のロジックをメーカーHPからダウンロード販売で購入するなど、ユーザーカスタマイズなどにも活用出来そうです。このように、これまで鎖国化されていた車両ネットワークがインターネットと繋がることで、これまでに想像もしなかった驚きの機能が実現されることになるでしょう。


Ethernet化に伴い更なるリスクヘッジが必要となる。


一方でEthernetの導入による課題は何でしょうか?

それは”セキュリティの確保”です。これはEthernetの導入を提唱するBOSCH社も課題として認識しており、悪意のあるハッキングからクルマを守ることは最重要課題と言っても過言ではありません。セキュリティが不十分でハッキングされてしまった場合、走行中にクルマが突如加速し、意図しない方向に吹っ飛んでいくといったサイバーテロも十分に考えられます。

(引用元:マカフィー公式ブログ)
運転中の車両ハッキングは人命に関わる課題ですので、この点は自動車メーカーに限らず、IT業界も巻き込んでの十分な対策が必要と言えます。今後は自動車メーカーがインターネットセキュリティ会社と緊密な連携の下に協業していくことになりそうです。

まとめ


上述のように長らく「鎖国状態」にあった車載通信ネットワークですが、今後は自動走行技術の発達と伴走するようにクルマはめまぐるしいスピードでネットワーク化が進んでいくのではないかと想像します。もっといえば、クルマとクルマ、クルマと道路、クルマと家や建物など、都市全体がネットワークでつながっていく時代の到来もそう遠くないでしょう。

とはいえ、繰り返しになりますがそこにはハッキングや悪意あるサイバーテロの標的ともなりやすいという側面も持ちます。クルマのIoT化は、自動車技術のパラダイムシフトに繋がる可能性を大いに秘めていますが、PCや携帯電話と異なり人命に直結しているものなので、相応のセキュリティ対策や注意深い運用が必要になります。

今後のクルマの発達は、まさに技術発展とそれを逆手に取ろうとするサイバーテロリズムとの一進一退の攻防をくぐり抜けて行くことになるとも言えそうです。

[おわり]

車載用通信ネットワークの"開国"-第1章-

[重要なお知らせ(Important notification)]

はじめに。


近年、“IoT (Internet of Things)”という言葉は、IT業界ではもちろん一般の人でも多くの人が知るほど市民権を得た言葉になりました。私たちの身の回りのモノがネットワークに繋がり、今の生活をより便利に、そしてこれまでに不可能であったことが可能になる時代が到来しつつあります。

自動車業界にもIoTの波は押し寄せてきており、コネクテッド・カーと呼ばれるクルマが開発され、各自動車メーカーはIoT化による新たな価値の創出に力を入れ始めています。

日産IDS コンセプト(引用元:日産自動車公式HP)
コネクテッド・カーは、簡単に言うと『インターネットとのインターフェースを持ち、何らかの情報を外部とやり取りする機能を持つクルマ』です。インターネット普及の歴史とクルマ開発の歴史を良く知る人からすれば、『クルマとインターネットを繋げるくらい、もっと昔からあっても良かったのでは?』と考えるかも知れません。実はコネクテッド・カーの登場が遅れた背景には”車載用通信ネットワークの鎖国”があり、その鎖国こそがIoT化の最大の障害となっているのです。

今回のコラムでは、車載用通信ネットワークの技術を紹介しつつ、鎖国化に至った背景とそのネットワーク解放によるメリット・デメリットを解説します。

車載用通信ネットワークCANとは?


CANとはController Area Networkの略で、1986年にドイツのBOSCH社が提唱した車載用電子システムの相互通信プロトコルのことです。現在販売されている自動車には数多くの電子システムが搭載されていますが、各電子システムが持つセンサー情報や演算結果を効率的に共有するためにCANは開発されました。

現在では、カーオーディオ、ナビゲーションシステムに始まり、インテリジェントクルーズコントロール、先進ドライバー運転支援システム(ADAS)など、様々な電子システムがCANによりネットワーク化されています。

CAN(引用元:メンター・グラフィックス・ジャパン株式会社公式HP)
CANの最大のメリットは、CANコントローラICを各電子システムに搭載し、2本の導線でシステムを結合しさえすれば、低コストで簡単にネットワークを構築できることです。このような簡便性を背景に、現在ではシマノ製自転車のギヤシフトシステムにも採用されるなど、自動車産業以外にも広く普及しました。また、個人レベルでもCANネットワークを活用した電子工作例もたくさん見られます。

このように、CANはそもそもの目的であった『車載用』という枠組みを超えたネットワークプロトコルとして様々な範囲で市民権を得たのです。


どのように活用しているのか?


参考としてインテリジェントクルーズコントロールシステム(ICC)を例に、CANがどのように活用されているのかを紹介します。ここではICCが、『ICC統合制御ユニット』、『エンジン制御ユニット』、『ブレーキ制御ユニット』によって構成されているとします。

各ユニットには複数のセンサーが搭載されており、クルーズコントロールで代表的なセンサーと言えば、前走車との距離を計測するレーダーセンサーなどがあります。エンジン制御ではエンジン回転数やアクセル開度、ブレーキ制御では各タイヤの回転数やブレーキの操作量などがセンサーにより計測され、CAN上で各電子システムと共有されています。

(引用元:日産自動車公式HP)
ICC統合制御ユニットはCAN上で共有されている情報から、最適な車両速度、車間距離などを計算し、それを実現するのに必要なエンジン出力やブレーキ動作量を計算します。そして再びCANを経由して、計算結果を指令値としてエンジン制御ユニットおよびブレーキ制御ユニットに送信します。

このように、従来は単独で動作していた制御システムの連携が可能となり、新たな機能を創出することが可能になりました。クルマの中だけの世界で言えば、実はすでに”コネクテッド”な関係がCANを中心として構築されていたのです。

CANの課題は何か?


電子システム間の効率的な連携が実現可能というメリットを享受できる一方で、課題がない訳ではありません。その課題とは、CAN信号へのアクセスを一切認めない『鎖国』という自動車メーカーの対応です。つまり、CAN上でどのような信号情報が供給されているのか?その情報のほぼ全てが秘匿化されているのです。

なぜこのような対応がなされているのか?また、今後、CANのような車載ネットワークが開国される可能性はあるのか?次回のブログではその核心に迫ります。

[つづきはコチラ]