2018年2月24日

僕がF1エンジニアになるまで【はじめに】

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今回のブログのテーマを書き下ろすに当たり、僕の考える現在(2018年)のF1の立ち位置とこのブログを始めた理由について書きたいと思います。 本題に入る前にちょっとだけお付き合いください。

日本のF1人気低迷の原因とは?


日本には熱意あふれるF1ファンが多く、世界的に見ても日本グランプリは非常に評価の高いグランプリの一つだと思います。 実際にF1チームで働いていると同僚たちの日本へのイメージはとても良いことに気づきますし、レースで日本を訪れることを楽しみにしているというレースチームのメンバーも少なくありません。 まさに日本グランプリはF1の世界において確固たる地位を築き上げたと言っても良いでしょう。

(筆者撮影:2005年F1日本グランプリピットロード)
しかし残念なことに、ここ数年F1日本グランプリの来場者数が減っているようです。 2018年の日本GPは主催者の必死の努力とFOMとの交渉の結果、来場者数は増加に転じたものの、依然として90年代の全盛期には及ばない状況です。 このようなF1人気の低迷の原因として良く言われるのは、地上波での無料テレビ放送がなくなったことではないでしょうか。

確かにそれも一つの大きな原因として考えられますが、本質的な原因ではないと僕は考えています。そもそも地上波からF1が消えたということは、番組として視聴率が稼げなくなった、つまりF1の視聴コンテンツとしての魅力が下がってしまい、F1に興味を持つ人が減ってしまったのではないかと僕は考えています。

例えば日本で人気のある他のスポーツ、野球やサッカーでは試合の最新情報に始まり、選手の調子、監督のコメントなど様々な情報が毎日のように届けられています。その情報によってファンの人たちはそのスポーツの人間味溢れるリアルを感じることができます。長く低迷の続く中日ドラゴンズの松坂大輔投手や、日本ハムファイターズの斎藤佑樹投手が2018年シーズンに掛ける復活への想いなど、そこにはドラマがあります。

日本におけるF1の立ち位置


一方でF1はどうでしょうか?

野球やサッカーほどではありませんが、ヨーロッパを中心としたインターネットメディアを通じてF1の情報は手に入ります。また、有料放送ではありますが、テレビでの観戦もできます。最近ではフジテレビさん以外でも有料放送が始まり、 チョイスが増えたことはファンにとっては(お財布事情はさておき…)とても良いことだと思います。

しかし、年間を通じて多くの試合が開催されるプロ野球やサッカーと異なり、日本でF1観戦ができるのは年にたったの一度きり。さらにF1はヨーロッパを中心に発展してきた文化であるため、F1を演じる人たちの息吹であったりエネルギーは日本にまでは届きづらいのではないでしょうか。

おまけにそのエネルギーの最大の媒介役となるべき日本人F1ドライバーが今は不在の状態です。これらの複数の要因が絡まりあってしまったことで、F1への興味が薄れ、結果としてF1人気の低迷を招いてしまったのではないか?そう僕は推測しています。


演じる側からF1のリアルを届けたい


僕はエンジニアでありF1の世界においては主役ではなく、飽くまでも脇役であり裏方です。そのためF1の世界のエネルギー全てを伝えることはできないでしょう。 しかし、幸運にもF1を演じる側の人間の一人になれたわけですから、リアルなエネルギーがF1ファンの方々に届くよう何かお手伝いができないか?そう考えるようになりました。 その結論としてブログやツイッターを始めることにしました。

このブログを通じてF1のリアルを感じてもらい、すでにF1ファンの人にはもっとF1を好きになってもらい、F1に興味のなかった人にはちょっとだけでも良いので興味を持ってもらいたい、 そう願いながらブログを書いています。

(筆者撮影:2005年日本グランプリ表彰台)
現在の所属チームとの契約上、このブログやツイッターに書けることには少なからず制限がありますが、ささいなことから意外な事実まで幅広いトピックで少しずつ書き足していこうと思います。 そこでまず、読み手の皆さんも気になっているであろう(?)、僕がどうやってF1の世界へと辿り着いたのか?そのリアルをお伝えしたいと思います。

今回のブログのテーマ『僕がF1エンジニアになるまで』、少し長くなる見込みですがお付き合い頂ければ幸いです。

[つづきはコチラ]


【目次】僕がF1エンジニアになるまで


01. はじめに

02. 学生就職活動編①
03. 学生就職活動編②

04. 三菱自動車時代①
05. 三菱自動車時代②
06. 三菱自動車時代③

07. 第一次転職活動編①
08. 第一次転職活動編②

09. 日産自動車時代編①
10. 日産自動車時代編②
11. 日産自動車時代編③

12. 第二次転職活動編①
13. 第二次転職活動編②
14. 第二次転職活動編③
15. 第二次転職活動編④

16. フランス修行編①
17. フランス修行編②

18. 第三次転職活動編①
19. 第三次転職活動編②

20. 神様のプレゼント編

21. 完結編①
22. 完結編②

2018年2月18日

レーシングカートのハンドリング性能とその特殊性②

[前回のブログ]
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カートのコーナリングの本質とは?


前回のブログではリジッドアクスル機構の特性とデメリットについて紹介しましたが、レーシングカートではどのようにそのデメリットを解決しているのか?その手法について紹介します。さらにセットアップ変更とハンドリング性能の関係についても解説していくことにします。

(後ろから3台目に注目…)
上の写真は週末に近所にあるレーシングカート専用サーキットを訪問した際に撮影した写真です。少し分かりづらいかも知れませんが、後ろから3台目のカートの右側タイヤは路面とは接地しておらず、浮き上がっています。

これを『インリフト』と言いますが、この動きこそがカートにおけるコーナリングの本質とも言えるのです。

レーシングカートのステアリング機構の特徴


見た目はとてもシンプルなレーシングカートのステアリング機構ですが、とある極端な特徴があります。実は前回のブログの執筆後に自宅近くのサーキットへレース見学に行ってきたのですが、そこで分かりやすい写真を撮ることができました。さっそく下の写真を見てください。

操舵に伴うフロントタイヤの上下運動
ステアリングを切った方向のタイヤが完全に片下がりしているのがはっきりと分かると思います。このようなフロントタイヤの動きはレーシングカート特有のステアリングジオメトリによって実現しているのですが、次の写真で詳しく解説してみることにしましょう。


写真からも分かるようにステアリングを動かすと、フロントタイヤはキングピン軸を中心に回転します。キングピン軸と地面の交点は、タイヤの接地点中心近く(少なくともタイヤトレッドの範囲)に存在することが一般的なのですが、レーシングカートの場合、それらはお互いに遠く離れた場所に位置しています。つまりスクラブ半径が大きい設計になっているのです。


また、キングピン軸はレーシングカートを横から見ると後ろ方向に傾いているので(キャスター角)、スクラブ半径を大きく設定することにより、ステアリング操作時に内輪側のタイヤが下に大きく動くようになっているのです。

これがレーシングカートのステアリング機構の最大の特徴なのです。


リジッドアクスル機構のデメリットを消す


それではなぜ内輪側のフロントタイヤを下に大きく動かすのでしょうか?

その理由は前回のブログで紹介したリジッドアクスル機構のデメリットを消すためです。左右輪がつながっていることがコーナリング開始時に走行抵抗になるのであれば、内輪側のリヤタイヤの荷重を小さくする、またはタイヤを浮き上がらせて荷重をゼロにしてしまえば良いということです。


そこで先にも述べた通り『内輪側のフロントタイヤを下に大きく動くようにする』ことで、同じ内輪側のリヤタイヤを持ち上げてしまおうというわけです。これがいわゆるレーシングカートの『インリフト』と呼ばれる動きです。また、コーナリング中のレーシングカートがスムーズな挙動を見せるのは、このようなステアリング機構によってタイヤ左右間の接地荷重が絶妙にコントロールにされているからなのです。

レーシングカートをコースサイドで見ていると、タイトコーナーへの進入時に内輪側が一瞬だけ持ち上がる瞬間がありますが、上手なドライバーほど一発できれいにカートの向きが変わり、スルスルと加速していくのが分かると思います。ぜひ注目してみてください。

インリフトをコントロールするセットアップ


ここではインリフト量をコントロールするセットアップにまで踏み込んでフォーカスしたいと思います。


上の解説図はフロントトレッドの幅が大きい場合と、小さい場合のインリフト量を示しています。図に示すように内輪側のリヤタイヤは外輪側のリヤタイヤを回転中心(上の図で言うと赤線左側の点)として持ち上げられることになります(厳密には、内輪側フロントタイヤの接地点と、外輪側リヤタイヤの接地点を結んだ線を中心軸として3次元的にシャシーが回転する)。

フロントトレッドを大きくした場合はインリフト量が大きくなるため、ハンドリング性能はオーバーステア傾向になり、フロントトレッドを小さくした場合はその逆でアンダーステア傾向になります。

また、フロントトレッドはそのままでリヤトレッドを大きくした場合、インリフト量は基本的に変わりませんが、シャシーのロール角が小さくなることでアンダーステア傾向になり、リヤトレッドを小さくした場合はその逆でオーバーステア傾向になります。ここで傾向をまとめると…
  • フロントトレッドを大きくする:オーバーステア傾向
  • リヤトレッドを大きくする :アンダーステア傾向
となります。路面コンディションやその他のセッティングにもよりますが、おおまかにはこの傾向となります。

前後トレッドのセットアップの進め方


前後トレッドの変更でハンドリング性能の傾向が変化することを紹介しましたが、前後どちらを先にセットアップすれば良いのだろう?という疑問が出てくると思います。

インリフトの絶対量はフロントトレッドで決まるので、まずはフロントトレッドのセッティングに取り組むと良いと思います。フロントトレッドのセットアップでおおよそ狙いのハンドリング特性になったところで、リヤトレッドで微調整をすると良いでしょう。

また、大切なのは常にタイヤトレッド表面の摩耗具合をチェックして、タイヤ性能がしっかり使い切れているかどうかの確認をすることです。タイヤ性能を最大限に引き出すことができれば、ライバルに対する大きなアドバンテージになります。

今回のまとめ


ちょっと長くなりましたが、レーシングカートの特徴的なステアリング機構について紹介しました。出来る限り写真と図解を用いてみましたが、いかがでしたでしょうか?今後の活動の参考になれば幸いです。

Shenington Kart Racing Club
最後になりますが、F1を始めとしてプロを目指すカートドライバーや学生フォーミュラチームの皆さんへのアドバイスです。

闇雲にセットアップを進めてもそれは速さにはすぐ直結しません(←これはかつての自分に対する反省点でもありますが…汗)。それなりに理屈が分かった上でセットアップを進められるようになれば、短期間でも効率的に結果を出せるようになるはずです。『走っては考える。考えては走る。』この繰り返しによって更なる高みを目指して頑張ってください。

頂点を目指すカートドライバーを僕は応援しています!いつか日本人F1ドライバーと一緒に仕事できることを楽しみにしています。

[おわり]

2018年2月17日

レーシングカートのハンドリング性能とその特殊性①

[ブログ記事一覧]
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F1ドライバーのレース活動の原点とは?


その答えはもちろんレーシングカートですね。今となってはレーシングカートでの実績なくしてF1ドライバーにはなれないと言ってもいいでしょう。2017年F1チャンピオンのルイス・ハミルトンも、かつてはカート界で目覚ましい活躍をしており、茂木で開催された2000年CIK‐FIAワールドカップでの優勝を覚えている方もたくさんいると思います。

(引用元:http://birelart.com/)
そんなレーシングカートですが、クルマとしての成り立ちはフォーミュラカーのみならず一般乗用車とも全く異なっているのです。誤解を恐れずに乱暴に表現するならば、共通点はタイヤが四つ着いているくらいと言っても良いくらいです。

そこで今回のテーマではレーシングカートの特異性にフォーカスしていきます。さらに第二回目以降ではレーシングカートのハンドリング性能とセッティングの関連性について紹介します。現役カートドライバーの方は知っておくとドライビングに幅が生まれる…かも?知れません。

すべてはリヤから始まるカートの特殊性


意外かも知れませんがカートの特殊性はリヤのアクスル機構から始まります。そして、その特殊性の根源は下の写真中の矢印に示す部分…そう、リヤシャフトです。

(かつて所有していたTONY KART RACER EV)
レーシングカートのリヤシャフトには、左右の後輪タイヤ2つに加え、ブレーキディスク(制動)とスプロケットハブ(駆動)が固定されています。一つの車軸に対して①リヤ車重、②制動・駆動トルク、③コーナリング中の横力、合計3つの負荷が掛かっており、人が乗るクルマとしては、現代のクルマにはまず見られない機構をしています。

2017年の全日本学生フォーミュラ大会では芝浦工業大学チームがリヤのドライブトレインにリジッドアクスル機構を採用したマシンを投入し、総合2位を獲得しました。デファレンシャルの省略による軽量化と、コーナー脱出時のトラクション改善を狙ったと考えられます。

(引用元:芝浦工業大学Formula Racing公式Twitter)
このようなカートを始めとしたリヤのリジッドアクスル機構はシンプルで製作が容易です。さらに軽量でローコストなのが特徴です。芝浦工業大学のマシンは少々ピーキーなハンドリングでしたが、前後ロール剛性バランスとサスペンションジオメトリをうまくセットアップできれば更なる速さを示す可能性があります。

リジッドアクスル機構、レーシングカートを始めとした小型レーシングカーに限って言えばアリな機構なのかもしれませんね。


リジッドアクスル機構とハンドリング性能の関係


ハンドリング性能はフロントタイヤとステアリング機構で決まる…と考えると思います。もちろんその通りなのですが、それだけでは理解としては不十分で、リヤの機構もまたハンドリング性能に大きな影響を与えているのです。リヤがリジッドアクスル機構の場合、ハンドリング性能には悪影響を与えることで知られています。


上の図はドライバーがステアリングを切り始めた直後のリヤタイヤ外輪と内輪の軌跡の違いを示しています。右端の点は車両の瞬間旋回中心です。厳密な意味ではちょっと実際と違う点がありますが、ここでは容易な理解のために簡易的に示しています。

この図における赤矢印と青矢印は明らかに長さが違います。つまり、外側タイヤは長い距離を、内側タイヤは短い距離を走ることを意味します。しかし、リジッドアクスル機構は左右のタイヤがシャフトで直結されているので、どちらか一方がもう一方に合わせて動かざるを得ません。


リジッドアクスル機構の車両が低速旋回する場合、外輪側は青矢印の長い軌跡をトレースできないため、路面に対してマイナスの速度を持つことになります。その結果、上図に示すように外輪タイヤには後ろ向きの力、つまり減速力が発生してしまいます。また、この減速力は車両重心周りにおいて、旋回方向と逆方向のモーメントにもなるため、アンダーステアの原因にもなってしまうのです。

これがリジッドアクスル機構を搭載するクルマのタイトコーナーブレーキ現象とアンダーステア傾向の正体です。このような課題を解決するために、デファレンシャルと呼ばれる機構が使われることが一般的ですが、その進化型として三菱自動車が開発したAYC(Active Yaw Control)システムが有名です。

特殊性はリヤからフロントへと波及する


リヤにリジッドアクスル機構が採用されているレーシングカートは一般的なフォーミュラカーと比べるとちょっと特殊なハンドリング性能にならざるを得ません。さらに日本国内のカートコースはタイトコーナーが多いのでレーシングカートには不向きと思われます。

しかし、走っているレーシングカートを見ていると、わりと流れるようにコーナーを駆け抜けているように見えますよね?リジッドアクスル機構なのに不思議ではありませんか?

(かつて所有していた愛車のBirel。個人的にはTONYよりBirel!)
実はリジッドアクスル機構のデメリットを回避するためのアイデアがフロントのステアリング機構に織り込まれているのです。次回のブログではそのステアリング機構の特殊性についてフォーカスします。お楽しみに!

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