2018年5月14日

僕がF1エンジニアになるまで【第二次転職活動編③】

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日本国内からの転職活動の成果


ヨーロッパでのキャリアを積むことが、F1への可能性に繋がる…そう考えた僕は新たなキャリアステップとしてF1以外も含め日本を出る可能性を模索し始めました。ただ、それまでの転職活動の成果が全くなかったのかというと、そうではありませんでした。

Lotus E22(引用元:Wikipedia)
実は僕に興味を持って面接に呼んでくれたF1チームやルマンを戦うチームも少なからずあったのです。残念ながら決め手に欠いていたり、チーム事情があってオファーを頂くことはできませんでしたが…。今回のブログではそれまでに面接に呼んでくれたチームと面接に至るまでの経緯を紹介したいと思います。

Toyota Motorsport Gmbh(TMG)


初めて面接に呼んでくれたのはTMGでした。F1チームに応募する傍らでキャリアステップにもなりうるTMGにも応募していました。TMGの公式サイトに掲載される求人広告を頻繁にチェックしつつ、興味のあるポジションに応募していたのです。

ある時応募したのは"Simulation & Control Engineer"というポジション。このポジションの告知を見た瞬間、『これなら行ける!』と強く感じました。それくらい自分の強みとポジションがマッチしているように思えたのです。とはいえ、それまでにF1チームから面接に呼ばれたことはなかったので、どんなことが起きるのか全く想像できませんでしたが…。

ある日、家族で千葉県浦安市にある夢の国と海に遊びに行っていた時のことです。ふと携帯に目をやるといつもとは雰囲気の違うメールが来ていました。『誰だろ?この人?』と不思議に思いつつメールを開いてみると、それはTMGのシャシー開発マネージャーからのメールでした。メールには唐突な話が書かれていました。『今週末はWECで富士スピードウェイにいるから、もし可能なら面接に来て欲しい』とのことでした。これにはびっくりしましたが、予定をすぐに調整して、数日後には富士スピードウェイへと向かっていました。

Toyota TS040@FSW(引用元:Toyota Global News)
面接は富士スピードウェイのピット裏にある建物で行われました。マネージャーとの面接は約1時間ほどでしたが、その後に急遽、村田久武さん(現TMG社長)との個別面接も設定されました(汗)。主に心構えについて質問されたことを良く覚えています。かなり直球で僕の決意を試すような質問だったことが印象的でした。

『この世界での経験がないのにやっていける自信ある?』
『どれだけ厳しい世界か君は知らないだろう?』


この時の僕の答えはこうでした。

『何事もやる前から自信を持てることはできません。』
『しかし…その自信をつけたいからこそ僕はこの世界を目指しています。』


もしかしたら僕の強気な回答を快く思わなかったかも知れません。しかし、本心をそのままぶつけさせて頂きました。決して生半可な気持ちでF1を始めとしたモータースポーツの世界を目指している訳ではありませんでしたから。こんなハプニングのあったTMGとの面接でしたが、残念ながらオファーには繋がりませんでした。

後日、面接をしてくれたマネージャーからメールを頂くのですが『最終的に君を含む二人にまで候補を絞ったのだけど、今回はもう一人にオファーをすることにした。でも、君の実力はF1でも十分に通用すると思うので、これからも頑張って欲しい』と書いてあったのです。

残念ながら結果には繋がりませんでしたが、将来に向けて少しだけ自信をつけることができたのがTMGとの面接でした。


Caterham F1 Team


初めてのF1チームとの面接は、今となっては消滅してしまったCaterham F1 Teamでした。応募したポジションはControl System Engineerです。当時テクニカルダイレクターであったMark Smith氏と知り合いになれたこともあり『いずれ募集広告を出すから、応募して』と言われていたのです。

そして、募集広告が掲載されてすぐに応募したところ、初めてF1チームとの面接に呼ばれることになったのです。しかし、その時は2014年のシーズン開幕直後。すでにチーム崩壊へのカウントダウンが始まっていたのです。

Caterham F1 CT05(引用元:Wikipedia)
面接はイギリスではなく、マレーシアGPの現場で行われました。たしかレースウィークの水曜日だったと思います。有給休暇を取ってAir Asiaでクアラルンプールへ向かい、面接を受けたのですが…正直なところ、どんなことを話したのか全く覚えていません(汗)。あまり印象に残る質問もありませんでした。

実はこの時の面接の結果は『合格』でした。面接後に『人件費の予算が確定次第、オファーを出すから少し待って欲しい』という連絡をもらっていたのですが、その後オファーが来ることはなく、チームの消滅とともにF1入りの機会も失われていったのです。もし、Caterham入りが実現していたら小林可夢偉選手と一緒に仕事をすることになっていたかも知れませんが、すぐにイギリスで職を失うという困難に直面していたことは間違いありません。

Lotus F1 Team


二回目のF1チームとの面接はLotus F1 Teamでした。往年のTeam Lotusではなく、Enstoneに拠点を置いていたF1チームです。現在はRenalut F1 Teamとなり、Renaultのワークスチームとして活動しています。

このチームとの面接は、通常とは全く異なるプロセスをきっかけにして行われることになりました。ビジネスにおけるSNSとして有名なLinkedInを使い、テクニカルダイレクターのNick Chester氏に面接を直談判したのです。このSNSには数多くのF1関係者が登録しているので、場合によっては前向きな反応を返してくれることもあるようです。しかし、後で知ったのですが、直談判への印象はあまり良くないようですので、今となってはあまりお勧めはできません(汗)。

EnstoneにあったLotus F1 Team(現在はRenalut Sport F1)
そんな印象の良くないと言われる直談判だったので、Nick Chester氏から返事をもらえることは全く期待していなかったのですが、幸運なことに『イギリスまでご足労頂けるのであれば面接しますよ。』という返事を頂くことができたのです。まさか面接してくれることになろうとは…と驚きつつも、早速日程を調整して渡英しました。面接はVehicle Dynamicsの性能開発を担当するマネージャーにして頂いたのですが、技術的な質問が多かったことが印象に残っています。

この頃のLotus F1 Teamはとにかくお金がなく、チーム消滅の危機が根強くウワサされていました。このため多くのエンジニアがチームを去り、ポジションは多く空いていたのです。しかし、限られた人件費のためにエンジニアを増員するわけにもいかなったようで、この機会も契約オファーには至りませんでした。この頃の僕に現在の実力と経験があれば、もしかしたら契約オファーをもらえていたかも知れませんが、この時の僕には決め手となる実力が不足していたことは否定できません。

決断したF1への遠回り


日本国内にいてもF1チームからの面接に呼ばれることが不可能ではないことが分かったものの、オファーに繋げるにはやはり決め手が欲しい。そう痛感し始めました。そんな折、全日本学生フォーミュラ大会のデザイン審査員でずっと仲良くさせて頂いていた、宮坂宏さんからマクラーレンの今井弘さんを相談相手として紹介して頂いたのです。

今井さんには僕のCVについての改善点を指摘して頂いたり、今後の転職活動について親身なアドバイスをして頂きました。そんな今井さんのアドバイスの中で最も自分に影響を与えたのはこのアドバイスでした。

『日本国内にいてもチャンスはどうしても限定的になってしまう。でもヨーロッパで仕事をしていれば、可能性はかなり高まるはずだよ。』

というものでした。結果的にこのアドバイスに背中を押され、僕はF1に向けて再び遠回りすることを決めます。まずは『ヨーロッパに渡ろう』と。そして次なるキャリアステップとして、フランスに拠点を持つエンジニアリング企業へ転職することを決断するのでした。

[つづきはコチラ]

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