2018年5月17日

僕がF1エンジニアになるまで【第二次転職活動編④】

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選んだ次なるステップ


なかなか結果に結びつかないF1への転職活動を一度仕切り直すべく、まずはヨーロッパでキャリアを積むことを決意した僕は、外資系企業への転職を試みました。幸いにも日産自動車での経験を高く評価して頂ける外資系企業は少なくありませんでした。その中で、F1への可能性が最も高まるキャリアを積めることを念頭において選んだ結果、ある企業と縁があったのです。

縁があったのは"Siemens Industry Software SAS"という会社です。SASという略語を見ておや?と思った方もいらっしゃるかも知れませんね。SASはフランス語の"Société par Action Simplifié"の略語で、日本語では株式会社という意味になります。

次なるステップとなった国とは?
そう、フランスの会社へと入社することになったのです。Siemensというとドイツという印象が強いかも知れません。この会社は元々フランスで起業されたImagine Laboという会社なのですが、LMSという計測機器開発のベルギー企業による買収、さらに2015年にSiemensによる買収により社名がSiemensへと名前が変わったのです。

この会社は複合物理系シミュレーションソフトウェアであるAMESimで有名で、その最大の強みは各国の自動車メーカーを相手に強力なエンジニアリングサービスが提供できることです。AMESimによるシミュレーションモデル開発と実証実験を併せたエンジニアリングサービスを提供するのですが、驚くべきことに自動車メーカーでも解決が難しい技術課題をも解決してしまう技術力を持っているのです。恐らく、日本国内すべての自動車メーカーが何らかの形でこの会社のサービスにお世話になっていると思います。

そんな技術力の高い会社でキャリアを積むことは、F1を目指すにはベストなキャリアステップになると確信した僕は日本法人の紹介を通じてベルギー人役員との採用面接に臨むことになります。

仕事は英語…しかし生活は?


役員の来日のタイミングに合わせて面接に呼ばれた僕は、新横浜にあるオフィスに足を運びます。そこで様々なことを質問され、面接時間は何と4時間にもなりました。自分の経歴や技術に関する話だけでなく、入社した場合に任されるであろう仕事の内容など面接での会話は多岐に渡りました。

そして、役員から告げられたのは『配属先はフランスの拠点になるよ。』という言葉でした。僕はベルギーだと思っており生活の下調べもしていたのですが、完全に想定外の事態でした。さらに役員面接の数日後、先方の念押し確認のためにフランス開発拠点のマネージャーとの電話面接も設定され、本当にフランスになるんだ!と覚悟を決める他ありませんでした。

リヨンの街並みをフルヴィエールの丘より臨む
仕事は基本的に英語ですることになると面接では聞いていたので、少なくとも仕事では大きな問題にはならないだろうと思っていました。ただ、普段の生活はフランス語。大学では第二外国語としてドイツ語を選択していましたし、まぁフランス語もそれなりに…

出来るわけがありません。。。

ほぼ、フランス語能力はゼロ。知っている言葉と言えば『Bonjour(こんにちは)』と『Je t'aime(愛しているよ)』くらいです。無事にSiemens Industry Software SASでSenior Project Engineerとしての契約オファーを頂けたは良いものの、圧倒的に不足しているフランス語力がフランスでの生活を波乱に導くことは想像に難くありませんでした。

一方で開発拠点はフランス第二の都市と言われるリヨン(Lyon)でした。世界遺産として有名なリヨンのノートルダム大聖堂や、ポール・ボキューズのレストランなど美食の街としても有名なので、街の雰囲気や食生活という点では非常に期待できたのですが果たして…。


フランス就労ビザの取得と日産退職


Siemens Industry Software SASからの契約オファー後、会社が就労ビザの申請準備を開始しました。就労ビザの取得プロセスはほぼイギリスと同じなのですが、決定的に違うのはフランスのお役所仕事はとてものんびりしているということです(汗)。あまりに待たされる時間が長くイラつくこともしばしばでしたが、無事に就労ビザも取得し(2015年8月)、いよいよ8年半お世話になった日産自動車を退職する日を迎えました。正直なところ、日産を去るという決断については何ら躊躇することはなかったのですが、お世話になった人がたくさんいるだけに、名残惜しさは人一倍あったと思います。

筆者のフランス就労ビザ
走行制御開発部から始まり、統合CAE部へ。その間、楽しいことも辛いことも本当にたくさんのことがありました。厚木の開発拠点だけでなく、実験部のある栃木試験場(TPG)や北海道陸別試験場(HPG)、北米や欧州の開発拠点など本当にたくさんの人にお世話になりました。ここに改めて、日産自動車でお世話になった全ての方に感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

日産自動車を退職するときに自分のFacebookに投稿したメッセージがあります。その内容を以下に転記して今回のブログの締めとしたいと思います。次回はいよいよフランス修行編に突入します。


Facebookに投稿したメッセージ


日産テクニカルセンター赤坂門エントランス
[2015年9月12日投稿]
すでにご存じの方もいるのですが、改めて皆さんにご報告です。実は日産自動車を10/8付けで退職することになりました。すでに有給休暇の消化に入っており、9/9が最終出社日でした。三菱自動車から日産自動車に転職して約8年半、貴重な開発経験を得ることが出来たばかりか、本当にたくさんの上司・同僚・友人、そして家族に支えられ成長することが出来ました。本当にありがとうございました。

次の職場は、SIEMENS Industry Software SASという会社で、勤務地はフランスのリヨンになります。すでに就労ビザの取得、航空券の手配、現地での生活空間も準備が完了しており、あとは渡仏するのみ…です。ただ、今回の転職はその先のキャリアに向けたステップの一つであり、長く勤めあげるつもりはありません。あくまで目指すはFormula1の世界で成功することです。

これまでにもいくつかのF1チームと面接をして頂く機会がありましたが、今後、より多くの機会を得て、希望するポジションでのオファーの可能性を高めるため、EU圏内に生活と仕事の拠点を移すことにしました。正直、ここまで自分が来れるとは8年半前には想像も出来ませんでした。しかし、他の自動車メーカーにない国際的な文化と技術力のおかげで何とかF1の世界からも興味を持ってもらえるようになりました。

次の職場ではProjects Managerとして、さらに国際的なコミュニケーションの中で、かつ自分より優秀な部下を相手に仕事をすることになりますが、期待値以上の成果を出すことで、その先のキャリアに繋げられればと考えています。F1まではまだ遠いかも知れないし、意外に近いかも知れませんが、決して諦めることなく、今後も地道に進んでいくつもりです。

以上ご報告でした。皆さん、今後も宜しくお願いします。

[つづきはコチラ]


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