2020年8月22日

シミュレータ技術の世界とその基礎-第3章-

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]


はじめに。


前回のブログでは、どんな現象をどこまで再現したいのか?目的に応じてモデリングレベルを決めることが重要ということを解説しました。シミュレーションはクリック一つで結果を出してくれるとても便利なツールですが、モデリング手法が変われば結果も変わります。計算結果については非常に慎重な検証が必要なのです。

ADAMS Car
(引用元:MSC Software公式サイト)
さて、取り扱いに慎重さが求められるシミュレーション技術ですが、今回のブログでは、車両運動や車両システムのモデリングに用いられる代表的なソフトウェアを紹介したいと思います。果たしてどのような世界観なのか?ちょっと専門用語が多くなりますが、その雰囲気を感じてもらえれば幸いです。

車両モデルソフトウェア


ここでは主に、車両を統合的にモデル化する際に使うソフトウェアを紹介します。まず最初は、僕が国内自動車メーカーでエンジニアをしていた頃にお世話になったソフトウェアです。その特徴を紹介しましょう。

1D系車両運動解析ソフトウェア


日本国内はもちろん、世界中の自動車メーカーで幅広く使われているのがCarSIMやCarMakerを代表とする1D系車両運動解析ソフトウェアです。このタイプのソフトウェアの特徴は、サスペンション、トランスミッション、エンジンなどの車両コンポーネントを簡素な運動方程式や、特性マップを用いて構成していること(1Dモデリング)です。このため演算速度が速く、拡張性の高さがメリットです。

CarSIM
(引用元:バーチャルメカニクス公式サイト)
各コンポーネントのモデル詳細度が低いため、動的特性の再現には制約がありますが、精密な動的車両挙動の再現が求められない場合(自動運転制御ロジックの性能評価など)に幅広く活用できます。ちなみにiRacingやrFactorなどはこの1D系車両運動ソフトウェアに分類されますが、CarSIMやCarMakerは、詳細度および拡張性という点でゲーミングシミュレーションソフトを大きく上回る機能性を有しています。

3D系車両運動解析ソフトウェア


前述した1D系車両運動解析ソフトウェアが再現できない部分を再現可能とするのが、3D系車両運動解析ソフトウェアです。代表的なソフトウェアとして、ADAMSやSIMPACKなどがあります。これらのソフトウェアは、別名としてMulti Body Dynamicsとも呼ばれ、3次元形状と3次元空間の動きを再現できることが特徴です。また、各座標点に弾性力、減衰力などの特性を織り込むことも可能で、様々な動的特性を再現できます。

ADAMS Car
(引用元:MSC Software公式サイト)
デメリットとしては、モデルの非線形が高く、演算時間が長くなってしまうことです。また、陰解法を主体としたソルバーを使うことが一般的で、場合によっては演算が収束せず停止してしまうことも。このため、モデリングには非線形性を低減するちょっと高度なスキルが求められます。


複合物理解析ソフトウェア


クルマをモデリングする…この言葉の意味することが、果てしなく膨大な仕事であることを実感できる人はシミュレーション技術に精通しているヒトでしょう。なぜなら、クルマには様々な物理特性を持つシステムがあるからです。

AMESim (引用元:LMS Imagine Lab.公式YouTube*)
燃料噴射システムを例として挙げると、このシステムには以下の工学領域が含まれます。

  • 流体力学(燃料の流れ)
  • 機械工学(ポンプの機械的特性)
  • 電磁気学(ポンプモーターやインジェクタソレノイドの特性)
  • 制御工学(燃料ポンプのモータの制御ロジック)
  • 熱力学(各コンポーネントによる発熱とその伝熱)

簡単に言うと、世の中に存在する全てのシステムは、様々な物理現象と関連しており、それぞれが相互に影響しあっています。このような複雑な現象を解析するために用いられるのが、複合物理解析(Multi Physical Analysis)ソフトウェアです。代表的なソフトウェアとして、AMESimやDymolaなどがあり、上に紹介した車両運動ソフトウェアとの連携も可能です。

この種類のソフトウェアには様々な物理モデルライブラリと使いやすいユーザーインターフェースが備わっている一方、モデルの妥当性検証には高度な技術と知見が求められます。手前味噌ですが(汗)、現在の僕はその技術と経験を有していることが大きな強みの一つだと考えています。

*現在の社名はSIEMENS Industry Software S.A.S.

まとめ


今回のブログでは、クルマのモデル化に必要なシミュレーションソフトウェアを紹介しました。それぞれにメリット・デメリットがあり、前回のブログでも解説したように、目的に応じて適切な車両運動解析ソフトウェアを選定する必要があります。また、複合物理解析ソフトウェアは、複雑な現象の解析に対応可能で、車両モデルの詳細度を高めることにも活用できます。

何度も書きますが、シミュレーション技術は『クリックすれば正解が得られる万能な魔法』では決してありません。正解を得るため、使い手であるエンジニアが適切な手法でモデリングし、適切な手法で妥当性を検証しなくてはならない技術なのです。ぜひ、このことだけは知っておいてもらいたいと思います。

今回はちょっと専門用語の多いブログとなってしまいましたが、シミュレーション技術が必ずしも万能ではなく、使い手次第ということを少しでも実感してもらえたならば嬉しい限りです。次回のブログではいよいよ今回のテーマの核心ともいえるトピック、『Simレーサーとリアルレーサーの違い』について書きます。次回もどうぞお楽しみに!

[つづきはコチラ]