2018年5月27日

F1なるほど基礎知識【ピットストップウィンドウとは?】後編

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]

セーフティカー出動に対するピットストップウィンドウ


前回のブログでは、ラップタイム変化の要因(燃料重量効果とデグラデーション)と、その変化の様子をグラフを使って解説しましたが、今回のブログではいよいよピットストップウィンドウの核心に迫ります。

Sergio Perez@Monaco(引用元:Force India公式サイト)

なお、今回の解説では読んで頂く皆さんが理解しやすいよう、レース状況や各効果を単純化している部分があります。このため、実際とは少なからず異なる点があることをご承知置きください。



セーフティカーはお得?それとも損?


ピットストップウィンドウを理解する上で一番最初に知っておくべきこと。それは『セーフティカーがピットストップ戦略にどのような影響を与えるのか?』ということです。

ここで、あるシーンを想像してみることにしましょう。

エステバン・オコンがあるレースを走っているとします。レース序盤が終わる20周目、タイヤのパフォーマンスもそろそろ限界を迎えつつある…そんな時にピットから『予定通り、次の周回でピットインしてタイヤ交換するぞ!』という指示が飛んできました。

と、その瞬間に、あるドライバーがコース上でクラッシュ!セーフティカーが出動しました。このような状況下で予定通りピットインすることはお得になるでしょうか?それとも損となるでしょうか?

セーフティカー(引用元:F1公式サイト)

答えは『お得になる可能性大』です。

なぜなら、自分がピットストップしている最中、ピットインをしなかった他のドライバーたちは、ありがたいことにセーフティカーの後ろでゆっくり走行してくれるからです。そして、他のドライバーたちがセーフティカー解除後にタイヤ交換を迎えた時、自分はレーシングスピードで走行できるので、その分だけ得をすることになるのです。

果たしてピット戦略は?(引用元:Force India公式サイト)

一方で、戦略上ピットイン出来なかったドライバーは(相対的に)損をすることになってしまうのです。レース後に『セーフティカーがピット戦略に味方してくれなかったよ。』というドライバーコメントを目にすることが多いと思いますが、このようなコメントは、まさにこの損得のことなのです。

このことを知っておいた上で、セーフティカー発動時にどのドライバーがピットインし、どのドライバーがステイアウト(コース上に残る)したのかを確認しておくと、その後の展開を予測して楽しむことができるようになると思います。

『あ!ピットインした!ヨシ!イイ感じ!』、『げ!ステイアウトしてる…(汗)。ヤバいな…』と、こんな感じで楽しむことができると思いますので、今後のレース観戦でぜひ注目してみることをオススメします。



セーフティカー中のピットインは常にお得?


ここまでの解説では『そもそものピットインの予定と、セーフティカーのタイミングがズバリ一致した場合』という前提条件でした。では、ピットインする予定ではなかったドライバーが、無理にピットインの予定を早めたらどうなるのか?このような場合、果たして得をするのか、それとも損をするのか?

仮にセーフティカーの出動時に、当初の予定を無視してピットイン&タイヤ交換をしたとしましょう。このような場合でも得をする可能性は確かに生まれますが、一方で損をする可能性も同時に発生しているのです。

なぜなら、予定よりも大幅に早くピットインしてしまうと、その後は交換したタイヤで予定よりも長く走行することになるので、タイヤのデグラデーション(性能劣化)の影響が大きくなってしまうからです。つまり、後半のピットストップ戦略にシワ寄せが発生し、最終的に損をしてしまうかも知れないのです。

デグラデーションによるラップタイム変化(赤ライン)

では、セーフティカー出動時に予定より早いピットインをしてもお得なままでいられる周回数の範囲はどれくらいなのか?この疑問に対する答えが、今回のテーマセーフティカー出動に対するピットストップウィンドウ』なのです。

お得でいられる周回数の範囲のことを『ウィンドウ(窓)』といい、その周回数の範囲に突入すると『ウィンドウが開いたぞ!セーフティカーが出動するアクシデントが起きたらいつでもピットインしてOK!』という指示がチームから出るのです。



ピットストップ戦略とラップタイムデルタ

ここまでにピットストップウィンドウの本質について解説しましたが、前回のブログ同様、グラフを使ってピットストップウィンドウについての理解をさらに深めていくことにしましょう。ここからの解説では、次の前提条件に基づくこととします。

  1. レース周回数は58周
  2. ピットインは20周目と40周目の2ストップ作戦でロスは20秒
  3. タイヤは1種類のみを新品で3セット使用
  4. タイヤは18~20周目にパフォーマンスがピークとなる特性
  5. スタート時のラップタイムは90秒(基準タイム)

今回、ピットストップ戦略を評価・解説するに当たり『ラップタイムデルタ』という言葉を使いたいと思います。『デルタ』とは日本語で『差分』を意味します。例えば、ある周回のラップタイムが89秒だったとすると、基準タイムからの差分は90秒から89秒を引いた1秒となります。これをラップタイムデルタとします。

レースでは、全周回のラップタイムデルタを足し合わせた値が大きければ大きい程、レースを早く走り切れることを意味するのですが、言葉だけではちょっとイメージがしづらいかと思いますので、ここでグラフに登場してもらうことにしましょう。

①予定通りのピットストップ戦略の場合


上のグラフは周回数に対するラップタイムデルタの合計値の変化を表しており、上に書いた前提条件1~5を計算した結果となります(緑ライン)。

この戦略では、2回のピットストップによるロス(20秒×2回)を除けば、タイヤの限界を迎える直前にタイヤを交換しているので、ムダなくラップタイムデルタを稼げています。最終的にこの戦略では、ピットストップなし&全ラップ90秒で周回した場合に対して約42秒も早くレースをフィニッシュできることが分かりました。

②一回目のピットストップを5周早めた場合


上の①に対して、一回目のピットストップを5周だけ早めた場合の計算結果が上のグラフ(青ライン)となります。注目すべきポイントは、最終的なラップタイムデルタの合計値(58周目)です。ピットストップを前倒しした結果、2回目のピットストップ後の走行においてタイヤのデグラデーションによる損をしていることが分かります。

その差はなんと約7秒!7秒も遅いとポジションが2つほど落ちていても不思議はありませんね(汗)。この時思い出して欲しいのが、セーフティカー出動時にピットインで得する時間のことです。もし、得する時間が損失時間と同じ7秒なのであれば、15周目にピットストップウィンドウが開くことになります。

一方で得する時間が7秒よりも短い5秒である場合は、ウィンドウが開くのは15周目よりも遅い17周目あたりになります。このように、得失がバランスする周回数をピットストップウィンドウの始まりとしているのです。

③[参考]一回目のピットストップを遅らせた場合


参考までに、一回目のピットストップを5周遅らせた場合も計算してみました。とても興味深い結果です。タイヤのデグラデーションの影響が大きく、②ピットストップを5周早めた場合よりも、さらに約9秒も悪化する結果となってしまいました。①の場合に対してはなんと16秒!さすがにこれでは勝負になりませんね(汗)。




まとめ

ちょっと難解だけど、知っておくとレースがより楽しく見れる『ピットストップウィンドウ』について解説しました。いかがでしたか?理解できたでしょうか?今回の内容を以下にまとめてみました。

  • セーフティカーの出動時にピットイン&タイヤ交換した場合、最終的に得をする可能性が高まる
  • ピット予定を早め過ぎると最終的にタイヤのデグラデーションによって損をする可能性を高めてしまうことになる
  • 早めにピットインする場合、最終的な損得を計算した上でピットインしても良い周回数の幅をあらかじめ決めておく必要がある
  • セーフティカーの出動時にピットインしても良い周回数の幅のことを『セーフティカー出動に対するピットストップウィンドウ』という。

以上、4点となります。実際にはタイヤは7種類あり、セーフティカーの出動周回数の長さ、サーキットの特性の違いなどを考慮する必要があるので、実際の戦略はここに書いた以上に複雑で難解です(汗)。

ですが、このブログでの解説を通じてレースへの理解がより深まり、レースをもっと楽めるようになるのであれば僕としても嬉しい限りです。今後もそういったトピックスにフォーカスを当てて執筆していこうと思いますので、今後のブログ更新にもご期待ください。

以上、第一回『F1なるほど基礎知識』でした!

[おわり]


ふ~今回は書くの大変だったな~(汗)。

2018年5月23日

F1なるほど基礎知識【ピットストップウィンドウとは?】前編

セーフティカー出動に対するピットストップウィンドウ

[重要なお知らせ(Important notification)]

F1を見ていると『う~ん、何だか良く分からない…』こんなことって少なくないと思います。そんな『う~ん』を減らして、F1ファンの皆さんにF1をもっと楽しんでもらいたい。そんな想いから始めることにしました、F1なるほど基礎知識シリーズ。題名がちょっと安易な感じですが(汗)、お付き合いください。

第一弾のお題は『ピットストップウィンドウ』についてです。この『ピットストップウィンドウ』にはいくつか種類があるのですが、今回は最も難解な『セーフティカー出動に対するピットストップウィンドウ』について取り上げたいと思います。

ピットストップ(引用元:Force India F1公式サイト)
初回から説明の難しいトピックスを自ら選んでしまいましたが(汗)、できる限り分かりやすい説明を心掛けて書いてみましたので、楽しんで頂ければ幸いです。






タイヤと規則の基礎知識


2018年現在、ピレリがタイヤをF1へ供給していますが、ドライタイヤだけで何と7種類もあります。パフォーマンスの高さ順に次のようなラインナップになっています。
  1. ハイパーソフト(ピンク)
  2. ウルトラソフト(パープル)
  3. スーパーソフト(レッド)
  4. ソフト(イエロー)
  5. ミディアム(ホワイト)
  6. ハード(アイスブルー)
  7. スーパーハード(オレンジ)
(引用元:F1公式サイト)




タイヤは柔らかいゴムであるほどラップタイムは速くなりますが、柔らかいがゆえに摩耗が激しく、ピークを過ぎるとタイムが著しく悪化します。一方で固いゴムのタイヤの場合では逆のことが起きます。つまり、タイムはさほど良くありませんが、そこそこのペースが比較的長続きするわけです。

一方で『う~ん…でも、なんでタイヤが7種類もあるのさ…』と疑問に感じる人も少なくないと思います。さらに規則により各チームは各グランプリ毎に7種類の中から3種類を選ばなくてはならないのですが、こうなってしまうとレースでどんなことが起きるのか予想・理解するのが難しくなってきます。

そこで、いったん話を単純化してみることにしましょう。7種類のタイヤのことは忘れて、まずは次の2つのことを覚えておくと良いでしょう。

・どのタイヤも、そのパフォーマンスは1レースも持たない
 (ピレリタイヤが意図的に性能を調整している)

・決勝レース中は少なくとも2種類のタイヤを装着しなくてはならない
 (レース規則により規定されている)

しかし、上の2つのことだけを知っていてもピットストップウィンドウの理解に辿り着くのは少し難しいかも知れません(汗)。この二つがどのようにピットストップウィンドウと関連することになるのか?今回のブログではもう少しだけ詳しく深掘りしていくことにしましょう。



タイヤのパフォーマンス変化とは?


F1のレースを観戦していると、レースペースが思ったほど上がらずに順位を落とすドライバーもいれば、逆に想定以上にレースペースが良く、順位を上げるドライバーもいます。このようなペースの良し悪しはどのように決まるのでしょうか?F1に限った話ではありませんが、一般的にレースペースは主に次の要因によって決まります。

 ・車両の総重量変化

 ・タイヤの性能劣化


現在のF1ではレーススタート時に燃料をフルタンク状態にしてスタートします。スタート後は燃料の消費により車両が軽くなっていくので、ラップタイムは速くなります。一方、周回数を重ねる毎にタイヤの性能は劣化していくので、ラップタイムは遅くなります。

そう、上の二つの要因はそれぞれ逆の現象を引き起こしているのです。実際には二つのことが同時に起きているのですが、その様子をグラフを使って段階的に図解していくことにしましょう。

①レース中に重量がずっと同じでタイヤ性能も劣化しない場合

仮にレース中にマシンの重さも一定、タイヤ性能も一定で変わらないとしたら、ラップタイムはどうなるでしょうか?答えは簡単ですね?『ずっと同じペースで走れる』です。この状況をグラフにすると下のようになります(緑ライン)。以降、このラインが基準線となります。

ベースライン(Base line)

②車両の総重量は軽くなるが、タイヤ性能が劣化しない場合

次に、レース中の燃料消費によってマシン重量だけが変化すると仮定しましょう。この場合、ラップタイムは周回数を重ねるごとに速くなります。近年のF1では燃料がフルタンクの状態(約100kg)と予選時のほぼ空タンクの状態(約5kg)でおよそ3~4秒のラップタイム差があります。レース周回数を50周とすると1周あたり0.06~0.08秒ずつラップタイムが縮まる計算になります。この変化もグラフにしてみましょう(黄ライン)。これを燃料重量効果(Fuel Effect)と言います。

重量効果(Mass Effect)

③タイヤの性能変化だけが起きる場合

では、車両重量が変わることなくタイヤの性能変化のみが起きる場合を考えてみましょう。この場合は②とは逆にラップタイムは徐々に遅くなっていくのですが、その変化の様子が②とはちょっと異なります。タイヤを使い過ぎると急激に劣化してペースダウンしてしまうのです。この変化もグラフにしてみると次のようになります(ピンクライン)。このようなタイヤの性能劣化をデグラデーション(Degradation)と言います。

デグラデーション(Degradation)
④重量効果とデグラデーションが同時に起こる場合

実際のレースでは燃料重量効果とデグラデーションは同時に起こるので、上の②と③の効果を足し合わせれば、おおよそ実際のラップタイム変動になります。この様子もグラフにすると次のようになります(赤ライン)。参考までに②燃料重量効果(黄ライン)と③デグラデーション(ピンクライン)のグラフも透過色にして載せてみました。



スタートからしばらくは燃料重量効果がデグラデーションよりも優勢なのでペースアップしていきます。しかし、徐々にデグラデーションが強くなり、それぞれの影響が釣り合ったところでペースアップが頭打ちになります(上のグラフで言うと21周目)。それ以降の周回数では完全にデグラデーションが重量効果に対して優勢となるため、ペースダウンしてしまうのです。


タイヤ交換のタイミングとは?


レースでは装着したタイヤがペースダウンになる直前まで使い切ることが基本となります。つまりタイヤ交換のタイミングはペースアップがピークとなる周回となります。上記④の赤ラインのグラフで言うと21周目がピットインの対象となります。

ところで、現在のF1では金曜日に実施されるフリー走行1とフリー走行2、土曜日午前中に実施されるフリー走行3、合計3回のテスト走行の機会があります。この3回のフリー走行では予選を想定したパフォーマンスランを実施するのですが、これ以外にもやらなくてはならない重要なことがあります。

フリー走行は重要!(引用元:Force India F1公式サイト)

それはロングランと言われる決勝を想定したタイヤテストです。決勝で使うであろうタイヤのピークを把握して、ピットストップのタイミングを決めるのがロングランの目的です。フリー走行中盤から終盤にかけて、ベストタイムが更新されなくなることが多いのは、全てのチームがこのロングランに取り組んでいるからなのです。

このため、トラブルやクラッシュなどでフリー走行の機会や時間が失われたりすると、チームとしては本当に大きな痛手になります。仮にドライバーのミスでクラッシュをしてしまった場合、レースエンジニアやメカニックからは冷た~い視線がドライバーに向けられることは間違いないでしょう(笑)。



前編まとめ


  • F1のタイヤは7種類あり、どのタイヤも遅かれ早かれ性能低下を起こす。また、レギュレーションによって2種類のタイヤを決勝で使うことが義務付けられているため、最低でも一回はレース中にピットストップする必要がある。


  • スタート直後からのラップタイム変動は、燃料消費による燃料重量効果とタイヤのデグラデーションによって決まり、それぞれの効果が釣り合うところがタイヤパフォーマンスのピークとなる。


  • タイヤ交換のタイミングは、フリー走行でタイヤのパフォーマンス変化(ピークとなる周回数は何周目なのか?)を見極めることで決められる。このため、フリー走行でのロングランは非常に重要となる。

以上が前編となります。いかがだったでしょうか?まだピットストップウィンドウにまでは至っていませんが、前編での内容をおさらいしつつ後編で解説します。次回のブログ更新をお楽しみに!

[続きはコチラ]



2018年5月17日

僕がF1エンジニアになるまで【第二次転職活動編④】

[前回のブログ]
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選んだ次なるステップ


なかなか結果に結びつかないF1への転職活動を一度仕切り直すべく、まずはヨーロッパでキャリアを積むことを決意した僕は、外資系企業への転職を試みました。幸いにも日産自動車での経験を高く評価して頂ける外資系企業は少なくありませんでした。その中で、F1への可能性が最も高まるキャリアを積めることを念頭において選んだ結果、ある企業と縁があったのです。

縁があったのは"Siemens Industry Software SAS"という会社です。SASという略語を見ておや?と思った方もいらっしゃるかも知れませんね。SASはフランス語の"Société par Action Simplifié"の略語で、日本語では株式会社という意味になります。

次なるステップとなった国とは?
そう、フランスの会社へと入社することになったのです。Siemensというとドイツという印象が強いかも知れません。この会社は元々フランスで起業されたImagine Laboという会社なのですが、LMSという計測機器開発のベルギー企業による買収、さらに2015年にSiemensによる買収により社名がSiemensへと名前が変わったのです。

この会社は複合物理系シミュレーションソフトウェアであるAMESimで有名で、その最大の強みは各国の自動車メーカーを相手に強力なエンジニアリングサービスが提供できることです。AMESimによるシミュレーションモデル開発と実証実験を併せたエンジニアリングサービスを提供するのですが、驚くべきことに自動車メーカーでも解決が難しい技術課題をも解決してしまう技術力を持っているのです。恐らく、日本国内すべての自動車メーカーが何らかの形でこの会社のサービスにお世話になっていると思います。

そんな技術力の高い会社でキャリアを積むことは、F1を目指すにはベストなキャリアステップになると確信した僕は日本法人の紹介を通じてベルギー人役員との採用面接に臨むことになります。

仕事は英語…しかし生活は?


役員の来日のタイミングに合わせて面接に呼ばれた僕は、新横浜にあるオフィスに足を運びます。そこで様々なことを質問され、面接時間は何と4時間にもなりました。自分の経歴や技術に関する話だけでなく、入社した場合に任されるであろう仕事の内容など面接での会話は多岐に渡りました。

そして、役員から告げられたのは『配属先はフランスの拠点になるよ。』という言葉でした。僕はベルギーだと思っており生活の下調べもしていたのですが、完全に想定外の事態でした。さらに役員面接の数日後、先方の念押し確認のためにフランス開発拠点のマネージャーとの電話面接も設定され、本当にフランスになるんだ!と覚悟を決める他ありませんでした。

リヨンの街並みをフルヴィエールの丘より臨む
仕事は基本的に英語ですることになると面接では聞いていたので、少なくとも仕事では大きな問題にはならないだろうと思っていました。ただ、普段の生活はフランス語。大学では第二外国語としてドイツ語を選択していましたし、まぁフランス語もそれなりに…

出来るわけがありません。。。

ほぼ、フランス語能力はゼロ。知っている言葉と言えば『Bonjour(こんにちは)』と『Je t'aime(愛しているよ)』くらいです。無事にSiemens Industry Software SASでSenior Project Engineerとしての契約オファーを頂けたは良いものの、圧倒的に不足しているフランス語力がフランスでの生活を波乱に導くことは想像に難くありませんでした。

一方で開発拠点はフランス第二の都市と言われるリヨン(Lyon)でした。世界遺産として有名なリヨンのノートルダム大聖堂や、ポール・ボキューズのレストランなど美食の街としても有名なので、街の雰囲気や食生活という点では非常に期待できたのですが果たして…。


フランス就労ビザの取得と日産退職


Siemens Industry Software SASからの契約オファー後、会社が就労ビザの申請準備を開始しました。就労ビザの取得プロセスはほぼイギリスと同じなのですが、決定的に違うのはフランスのお役所仕事はとてものんびりしているということです(汗)。あまりに待たされる時間が長くイラつくこともしばしばでしたが、無事に就労ビザも取得し(2015年8月)、いよいよ8年半お世話になった日産自動車を退職する日を迎えました。正直なところ、日産を去るという決断については何ら躊躇することはなかったのですが、お世話になった人がたくさんいるだけに、名残惜しさは人一倍あったと思います。

筆者のフランス就労ビザ
走行制御開発部から始まり、統合CAE部へ。その間、楽しいことも辛いことも本当にたくさんのことがありました。厚木の開発拠点だけでなく、実験部のある栃木試験場(TPG)や北海道陸別試験場(HPG)、北米や欧州の開発拠点など本当にたくさんの人にお世話になりました。ここに改めて、日産自動車でお世話になった全ての方に感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

日産自動車を退職するときに自分のFacebookに投稿したメッセージがあります。その内容を以下に転記して今回のブログの締めとしたいと思います。次回はいよいよフランス修行編に突入します。


Facebookに投稿したメッセージ


日産テクニカルセンター赤坂門エントランス
[2015年9月12日投稿]
すでにご存じの方もいるのですが、改めて皆さんにご報告です。実は日産自動車を10/8付けで退職することになりました。すでに有給休暇の消化に入っており、9/9が最終出社日でした。三菱自動車から日産自動車に転職して約8年半、貴重な開発経験を得ることが出来たばかりか、本当にたくさんの上司・同僚・友人、そして家族に支えられ成長することが出来ました。本当にありがとうございました。

次の職場は、SIEMENS Industry Software SASという会社で、勤務地はフランスのリヨンになります。すでに就労ビザの取得、航空券の手配、現地での生活空間も準備が完了しており、あとは渡仏するのみ…です。ただ、今回の転職はその先のキャリアに向けたステップの一つであり、長く勤めあげるつもりはありません。あくまで目指すはFormula1の世界で成功することです。

これまでにもいくつかのF1チームと面接をして頂く機会がありましたが、今後、より多くの機会を得て、希望するポジションでのオファーの可能性を高めるため、EU圏内に生活と仕事の拠点を移すことにしました。正直、ここまで自分が来れるとは8年半前には想像も出来ませんでした。しかし、他の自動車メーカーにない国際的な文化と技術力のおかげで何とかF1の世界からも興味を持ってもらえるようになりました。

次の職場ではProjects Managerとして、さらに国際的なコミュニケーションの中で、かつ自分より優秀な部下を相手に仕事をすることになりますが、期待値以上の成果を出すことで、その先のキャリアに繋げられればと考えています。F1まではまだ遠いかも知れないし、意外に近いかも知れませんが、決して諦めることなく、今後も地道に進んでいくつもりです。

以上ご報告でした。皆さん、今後も宜しくお願いします。

[つづきはコチラ]


2018年5月14日

僕がF1エンジニアになるまで【第二次転職活動編③】

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]

日本国内からの転職活動の成果


ヨーロッパでのキャリアを積むことが、F1への可能性に繋がる…そう考えた僕は新たなキャリアステップとしてF1以外も含め日本を出る可能性を模索し始めました。ただ、それまでの転職活動の成果が全くなかったのかというと、そうではありませんでした。

Lotus E22(引用元:Wikipedia)
実は僕に興味を持って面接に呼んでくれたF1チームやルマンを戦うチームも少なからずあったのです。残念ながら決め手に欠いていたり、チーム事情があってオファーを頂くことはできませんでしたが…。今回のブログではそれまでに面接に呼んでくれたチームと面接に至るまでの経緯を紹介したいと思います。

Toyota Motorsport Gmbh(TMG)


初めて面接に呼んでくれたのはTMGでした。F1チームに応募する傍らでキャリアステップにもなりうるTMGにも応募していました。TMGの公式サイトに掲載される求人広告を頻繁にチェックしつつ、興味のあるポジションに応募していたのです。

ある時応募したのは"Simulation & Control Engineer"というポジション。このポジションの告知を見た瞬間、『これなら行ける!』と強く感じました。それくらい自分の強みとポジションがマッチしているように思えたのです。とはいえ、それまでにF1チームから面接に呼ばれたことはなかったので、どんなことが起きるのか全く想像できませんでしたが…。

ある日、家族で千葉県浦安市にある夢の国と海に遊びに行っていた時のことです。ふと携帯に目をやるといつもとは雰囲気の違うメールが来ていました。『誰だろ?この人?』と不思議に思いつつメールを開いてみると、それはTMGのシャシー開発マネージャーからのメールでした。メールには唐突な話が書かれていました。『今週末はWECで富士スピードウェイにいるから、もし可能なら面接に来て欲しい』とのことでした。これにはびっくりしましたが、予定をすぐに調整して、数日後には富士スピードウェイへと向かっていました。

Toyota TS040@FSW(引用元:Toyota Global News)
面接は富士スピードウェイのピット裏にある建物で行われました。マネージャーとの面接は約1時間ほどでしたが、その後に急遽、村田久武さん(現TMG社長)との個別面接も設定されました(汗)。主に心構えについて質問されたことを良く覚えています。かなり直球で僕の決意を試すような質問だったことが印象的でした。

『この世界での経験がないのにやっていける自信ある?』
『どれだけ厳しい世界か君は知らないだろう?』


この時の僕の答えはこうでした。

『何事もやる前から自信を持てることはできません。』
『しかし…その自信をつけたいからこそ僕はこの世界を目指しています。』


もしかしたら僕の強気な回答を快く思わなかったかも知れません。しかし、本心をそのままぶつけさせて頂きました。決して生半可な気持ちでF1を始めとしたモータースポーツの世界を目指している訳ではありませんでしたから。こんなハプニングのあったTMGとの面接でしたが、残念ながらオファーには繋がりませんでした。

後日、面接をしてくれたマネージャーからメールを頂くのですが『最終的に君を含む二人にまで候補を絞ったのだけど、今回はもう一人にオファーをすることにした。でも、君の実力はF1でも十分に通用すると思うので、これからも頑張って欲しい』と書いてあったのです。

残念ながら結果には繋がりませんでしたが、将来に向けて少しだけ自信をつけることができたのがTMGとの面接でした。


Caterham F1 Team


初めてのF1チームとの面接は、今となっては消滅してしまったCaterham F1 Teamでした。応募したポジションはControl System Engineerです。当時テクニカルダイレクターであったMark Smith氏と知り合いになれたこともあり『いずれ募集広告を出すから、応募して』と言われていたのです。

そして、募集広告が掲載されてすぐに応募したところ、初めてF1チームとの面接に呼ばれることになったのです。しかし、その時は2014年のシーズン開幕直後。すでにチーム崩壊へのカウントダウンが始まっていたのです。

Caterham F1 CT05(引用元:Wikipedia)
面接はイギリスではなく、マレーシアGPの現場で行われました。たしかレースウィークの水曜日だったと思います。有給休暇を取ってAir Asiaでクアラルンプールへ向かい、面接を受けたのですが…正直なところ、どんなことを話したのか全く覚えていません(汗)。あまり印象に残る質問もありませんでした。

実はこの時の面接の結果は『合格』でした。面接後に『人件費の予算が確定次第、オファーを出すから少し待って欲しい』という連絡をもらっていたのですが、その後オファーが来ることはなく、チームの消滅とともにF1入りの機会も失われていったのです。もし、Caterham入りが実現していたら小林可夢偉選手と一緒に仕事をすることになっていたかも知れませんが、すぐにイギリスで職を失うという困難に直面していたことは間違いありません。

Lotus F1 Team


二回目のF1チームとの面接はLotus F1 Teamでした。往年のTeam Lotusではなく、Enstoneに拠点を置いていたF1チームです。現在はRenalut F1 Teamとなり、Renaultのワークスチームとして活動しています。

このチームとの面接は、通常とは全く異なるプロセスをきっかけにして行われることになりました。ビジネスにおけるSNSとして有名なLinkedInを使い、テクニカルダイレクターのNick Chester氏に面接を直談判したのです。このSNSには数多くのF1関係者が登録しているので、場合によっては前向きな反応を返してくれることもあるようです。しかし、後で知ったのですが、直談判への印象はあまり良くないようですので、今となってはあまりお勧めはできません(汗)。

EnstoneにあったLotus F1 Team(現在はRenalut Sport F1)
そんな印象の良くないと言われる直談判だったので、Nick Chester氏から返事をもらえることは全く期待していなかったのですが、幸運なことに『イギリスまでご足労頂けるのであれば面接しますよ。』という返事を頂くことができたのです。まさか面接してくれることになろうとは…と驚きつつも、早速日程を調整して渡英しました。面接はVehicle Dynamicsの性能開発を担当するマネージャーにして頂いたのですが、技術的な質問が多かったことが印象に残っています。

この頃のLotus F1 Teamはとにかくお金がなく、チーム消滅の危機が根強くウワサされていました。このため多くのエンジニアがチームを去り、ポジションは多く空いていたのです。しかし、限られた人件費のためにエンジニアを増員するわけにもいかなったようで、この機会も契約オファーには至りませんでした。この頃の僕に現在の実力と経験があれば、もしかしたら契約オファーをもらえていたかも知れませんが、この時の僕には決め手となる実力が不足していたことは否定できません。

決断したF1への遠回り


日本国内にいてもF1チームからの面接に呼ばれることが不可能ではないことが分かったものの、オファーに繋げるにはやはり決め手が欲しい。そう痛感し始めました。そんな折、全日本学生フォーミュラ大会のデザイン審査員でずっと仲良くさせて頂いていた、宮坂宏さんからマクラーレンの今井弘さんを相談相手として紹介して頂いたのです。

今井さんには僕のCVについての改善点を指摘して頂いたり、今後の転職活動について親身なアドバイスをして頂きました。そんな今井さんのアドバイスの中で最も自分に影響を与えたのはこのアドバイスでした。

『日本国内にいてもチャンスはどうしても限定的になってしまう。でもヨーロッパで仕事をしていれば、可能性はかなり高まるはずだよ。』

というものでした。結果的にこのアドバイスに背中を押され、僕はF1に向けて再び遠回りすることを決めます。まずは『ヨーロッパに渡ろう』と。そして次なるキャリアステップとして、フランスに拠点を持つエンジニアリング企業へ転職することを決断するのでした。

[つづきはコチラ]

2018年5月12日

僕がF1エンジニアになるまで【第二次転職活動編②】

[前回のブログ]
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イギリスの就労ビザ


前回のブログで書いたように、海外の会社から契約オファーをもらうにはCV(履歴書)を戦略的かつ読み手に理解しやすくすることが重要なことを僕は学びました。もし、僕が日本人ではなくイギリス人やヨーロッパ国籍であればそれだけの学びで十分だったでしょう。しかし、日本人だからこそ直面する大きな課題があったのです。

イギリスの就労ビザ
その大きな課題とは『就労ビザの取得』です。海外で働くことを一度でも真剣に考えた人であれば、誰しもが直面する課題だと思います。自分の夢や想い、熱い情熱とは一切関係なく『この国で働きたいなら就労ビザを取ってください。』とイギリスの法律に基づき厳格に求められるのです。

EU圏内の雇用情勢と就労ビザ


日本人が外国でフルタイム勤務で就労するためには、イギリスを含めヨーロッパの多くの国で就労ビザの取得が求められます。しかもその取得条件は非常に厳格で、簡単に取得できるものではありません。そもそもEU諸国で自国経済に余裕があるのはドイツくらいで、失業率の高さはどの国でも大きな課題になっています。

そんな中、日本人が『この国で働かせてください!』と叫んでも、受け入れ側の国からすれば『いや、まずは自国の雇用を確保したいので…』と考えるのは自然な流れですし、その国で失業している人からすればあまり歓迎できることではありません。これがヨーロッパ各国の法律で就労ビザ取得条件が厳格になっている理由です。

イギリス政府移民局の情報サイト
なお、就労ビザの取得のしやすさは、その国の経済力によるところが大きいという印象があります。例えばドイツですが、世界的に有名な企業(Daimler、BMW、Volks Wagen、Siemens、PUMA、ADIDASなど)が数多く存在しておりヨーロッパ経済のみならず、世界経済をも牽引する勢いです。このためか、ドイツでの日本人の就労に関しては他国に比べるとかなり敷居が低いという印象です。

一方でイギリスですが、世界一の金融立国という側面はあるものの、失業率の高止まりやEU離脱問題などもあり、今後は日本人などのEEA圏外からの移民者への就労ビザ発給の敷居がさらに高くなる可能性があります。先にも書きましたが、海外での就労ビザ取得はその国の法律や政治情勢に大きく左右されるため、個人の夢や情熱だけではどうにもならない課題なのです。



就労ビザの取得プロセス


とはいえ現に僕はイギリスとフランスの両国で就労ビザを取得できているわけですので、参考までにイギリスの就労ビザがどういったプロセスを経て発行されたのか、その大まかな流れを解説します。

① 企業から仕事のオファーをもらう
『そもそもどうやってオファーをもらうの?』という疑問には今回のブログでは触れませんが、幸いなことにオファーをもらえたことを前提としましょう。オファーに至るまでの経緯や海外での就職活動のノウハウについてはこちらの連載記事をお読みください。

② 企業にダミーの求人広告を出してもらう
なぜダミー広告なのか?日本人を採用するにはその妥当性を企業が証明する必要があるのですが、一定期間だけ求人広告を出し『国内で人材を探したけど良い人材が見つかりませんでした。』という証拠を企業が作り、移民局に提示する必要があるためです。

③ 企業に就労ビザの提供者となるための申請をしてもらう
ダミー求人が終わるとようやく移民局への申請となります。企業側が申請をするのですが、一般的にその企業と契約した弁護士さんが代理で申請します。その弁護士さんから色々な書類を求められるので、指示通りに書類を準備して弁護士さんに渡します。無事に申請が承認されると"Certificate Of Sponsorship(COS)"という書類が企業に発行されます。

④ 日本国内から就労ビザの申請をする
日本国内での申請用の書類を作成し、そこにCOSの番号を記載します。さらに英語力の証明のための成績書(ビザ専用のIELTS)やパスポートなどいくつかの書類を準備して、ビザ申請センターにて予約をした上で申請に行きます。

⑤ 就労ビザ取得後、渡英してBRPを受け取る
無事に申請が承認されると就労ビザのステッカーが貼られたパスポートが1週間ほどで返却されます。また、パスポートと一緒に1枚の書面(←超重要)が渡されるので、その書類を持って渡英し、指定された郵便局でBRP(Biometric Resident Permission)カードを受け取ります。

と、※上記が就労ビザの取得プロセスになります。お分かりの通り、イギリスの就労ビザは採用する側の企業が採用予定者の身元を保証することで初めて取得することができるのであり、個人でどうこうできる課題ではではないのです。

さらに企業側も採用予定者のどちらも…

『かなり面倒なんですけど…』

と思わずにはいられないほどの手続きの複雑さです。加えて会社側は各種申請費用や健康保険のデポジット納付の負担義務があるため、二の足を踏む企業も少なくありません。

ところで、イギリス企業は新卒へのビザ発給を避ける傾向があります。即戦力として期待できる中途採用者向けにビザ発給枠を確保しておきたいとう思惑があるからだそうで、新卒でイギリス企業への就職を目指す場合は希望先企業と事前にビザ発給について相談しておいた方が良さそうです。

COSの有資格企業のリスト
ちなみに先ほど書いたCOS(就労ビザ提供の承認書)は、その取得資格を会社側が持っていなくてはなりません。つまり、その資格のない企業はそもそも日本人を雇用することができないということです。もしくはその資格を会社が取得してから上記①~⑤のプロセスを踏まなくてはなりません。このように、手間も時間もお金も掛かるのが就労ビザの取得というものなのです。

※僕の就労ビザの取得は2016年10月であり、現在の取得方法とは異なる可能性がありますのでご注意ください。また、現在のイギリスの就労ビザ取得に関する質問にはお答えしかねることをご了承ください。


日本人であるということ


上にも書いたように就労ビザの取得申請は企業からすれば、できれば避けたいものです。そして残念なことに、日本人であるということでCVすら見てもらえずに断られるというケースも決してゼロではありません。特に自分の場合、日本で生まれ育ち、日本の学校を卒業し、日本企業で働いてきました。過去にホンダ、トヨタ、ブリヂストンでF1の仕事に関わっていたのであれば、その時の実績を評価してもらえることができますが、自分にその経験は一切ありませんでした。

TOYOTA TF109(引用元:TGR公式サイト)
そんな人材をF1チームはどう見るか?答えは簡単。『そんな日本人を雇用するのはリスクが大き過ぎるし、とりあえず対象外にしておこう』というものです。つまり、僕はそもそも採用検討対象のテーブルにすら上がれていなかったのです。

ではどうすれば良いのか?この難課題を乗り越えるために下した決断、それがヨーロッパで仕事のキャリアを積み上げることだったのです。

[つづきはコチラ]

2018年5月8日

僕がF1エンジニアになるまで【第二次転職活動編①】

[前回のブログ]
[重要なお知らせ(Important notification)]

情報は自らの足で稼ぐ。


統合CAE部での仕事の成果のおかげで、周囲から頼られるような存在へと成長できたことを実感できた僕は、F1チームへの転職活動を本格的に再開することを決意しました。『もしかしたらそれなりに可能性があるのではないのか?』そんな楽観的かつ希望的観測とともに。ですが、このブログでもこれまでに何度か書いてきたように、人生とはいつも思うように事が進まないのが世の常。またしても未知なる世界へと足を踏み入れることになります。

僕がF1への転職活動を再開した時、海外で就職するにはどんなことが求められるのか?正直なところ、そのことについての知識が全くありませんでした。自分は生まれも育ちも日本で、卒業してきた学校も全て日本です。そんな僕がイギリスにあるF1チームへの転職を目指す…そもそも参考になる情報が全くありませんでした。『さぁどうしたものか…?』そんな思案に更ける日々がしばらく続きました。

Autosport.comに掲載されていたRenault F1の求人広告
そんな日々の中、ふと周囲を見回すと目に入ってきたのはたくさんのフランス人。そう、当時の所属会社は国際色豊かな日産自動車。身近なところにはRenaultから出向してきたフランス人がたくさんいたのです。F1チームへの就職事情を知ることはできずとも、海外での就職事情なら彼らに聞けばわかるはず。そう考えた僕は英会話のトレーニングも兼ねて積極的に彼らに話しかけることで情報収集を試みたのです。

そして、フランス人の彼らから情報収集した結果、いくつかの重要な情報を得ることができました。
  • 採用への応募は会社の公式サイト経由がベター
  • コネクション採用もあるが慎重に進める必要がある
  • 応募にはCV(履歴書)とカバーレター(挨拶状)が必要
  • 応募は会社の人事部宛に直接メールするか、会社のサイト経由で応募
  • F1を含むモータースポーツ系の求人情報はAutosport.comが有名
※ CV : Curriculum Vitaeの略。アメリカではResume(レジュメ)と呼ばれる。

当時の僕は『なるほど。とにかくCVとカバーレターを書いて応募すれば何とかなるみたいだ。』こんな楽観的な考えに至りました。本質を見極めることが大切であることを学んだにも関わらず、この時の僕はこの先に立ちはだかる大きな課題の本質に全く気が付いていませんでした。

人事の反応から分かることとは?


何はともあれ応募しないことには何も始まりません。まずはCVを作って応募してみることにしました。記憶が確かであれば、初めて応募したF1チームはWilliamsだったと思います。Williamsは日本でも名の知れたF1チームであり、これまでに何度もコンストラクターチャンピオンを獲得した経験のある歴史ある名門チーム。ぜひ入りたいチームの一つでした。

Williams公式サイトに掲載されている求人情報
さて、日本では会社採用に応募すれば応募受付の連絡はもちろん、1~2週間ほどで選考結果の連絡がもらえることが普通だと思います。初めてWilliamsに応募してみたは良いものの一か月以上経過してもWilliamsからは何の音沙汰もありませんでした。何か手違いでもあったのかな?それとも返信メールがフィルタリングされて届いてないのかも?電話がもしかして繋がらない?と心配になりましたが、2ヶ月ほどしてようやく人事担当者(正確にはWilliamsの人事業務委託先)からメール連絡が入りました。

後から理解したのですが、結果連絡が遅いことは基本的に『不合格』を意味します。少し冷たく感じるかも知れませんが、興味のない人材に対して欧米の会社は驚くほど優先度を下げた対応をします。応募者数が多いのである意味仕方のないことです。逆に言えば、興味のある人材に対しては迅速な反応を示してくれます。何はともあれ、この頃の僕は応募先から迅速な反応をもらったことは一度もありませんでした。


面接に呼ばれない原因とは?


なぜ、面接に呼ばれないのか?応募するたびに『今回は申し訳ないけれども…』という書類選考不通過メールの数が増えるだけの状況…。闇の中で必死に足を前に進めるも、どこかにも辿り着くという実感が全く得られない、そんな状況でした。しかし、そんな時にこそ、あのことを思い返すことになります。そう、『本質を見極めること』です。面接に呼ばれないのはなぜか?その理由を選考する側の立場で、かつ結果から遡るように考えてみました。

  • 『この人を面接には呼ばないことにした』
   なぜ?
  • 『この人は求めている人材ではないと判断したから』
   なぜ?
  • 『求める能力を持っていない、もしくは持っているように見えないから』
   なぜ?
  • 『CV(履歴書)から求める能力がこの人を持っているとは思えなかったから』

ここまで掘り下げてみると、①求められている能力と本人の能力が合致していない、②CVで自分の能力や経験が100%伝わっていないという可能性が考えられます。実のところ①については、求人募集要項の内容だけでその合致性を判断することが難しいというのが実情です。『お!これこそ僕が求めていたポジション!』と思えても、実際には求められている能力と自分の能力に差異があることも。一方でその逆というパターンもあります。とにかく応募してみないことには分からないのですが、②については改善の余地が十分にありそうだという結論に至りました。

自分の能力を120%に見せるCVは詐称になりますが、80%しか伝わらないCVではもったいないだけです。この時の僕に必要だったのは、自分の能力を余すことなく100%を相手に伝えることのできるCVだったのです。

履歴書CVの重要性


日本の履歴書のフォーマットはほぼ定型化されていますが、ヨーロッパにおける履歴書であるCVは、おおまかなフォーマットこそあれど『これが正解』というフォーマットはありません。

自分なりの考え(コンセプト)を持った上で書く必要があるのですが、言い方を変えれば、自分の能力や経験を自由に表現できるとも言えます。紙面に文字だけで作る自己プレゼンテーションと言っても良く、海外での就職活動において最重要となる書類です。実はF1への転職活動を始めた当初、僕は深く考えずにこのCVを書き綴っていました。しかし、自分の分身でもあるCVを深く考えずに書き上げることは、読み手に自分を伝えることを放棄したも同然です。そのCVによって引き起こされる結果が期待通りにならないであろうことは言うまでもありません。

CVのサンプル(引用元:ロンドン留学センター)
CVの重要性に気付いて以来、現在の所属チームに加入するまで僕はCVを約30回に渡りメジャーアップデートをしました。また、『こう書けば見やすいかな?』、『この情報はあえて書く必要はないかな?』、『これも書いておいた方が良いかな?』など、細かなアップデートはさらに多くの回数を重ねました。CVに限らず、人が造るもの全てに言えることですが、とことん考え抜いて造ったものには何らかの良い反応であったり、成果をもたらす可能性が高くなります。もし、F1に限らず海外でのキャリアを目指す人はCVをとことんこだわって作ることを強くオススメします。

待ち受ける更なる大きな課題


ようやくCVの重要さに気付けたとは言え、それだけでF1チームからお呼びが掛かるほど簡単な話ではありません。というのも、この先には乗り越えなくてはならない新たな難課題が待ち受けていたからです。

目的を達成するためには、それに相応しい努力に加え、勝負を賭した決断が必要な時があります。この先に待ち受けていた難課題に直面した時こそ、僕がその決断を下す時に他なりませんでした。しかし、その決断が人生最大の大失敗と危機をもたらすことになるのです。

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