2019年11月30日

F1新規参入はなぜ難しいのか?ー第3章ー

[前回のブログ]
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成功が約束された投資はない。


技術や人材への継続的な投資がなければ、F1チームとして成功することはできない…しかし、その投資が必ずしも成功するとは限らない。そんなことを前回のブログで書きました。これはF1に限った話ではなく、どんな業界、ビジネスであっても必ず成功する投資など存在しないことは自明です。

VJM09 Photo By Morio - Own work, CC BY-SA 4.0
今回のブログでは、約11年に渡りF1チームオーナーとしてF1に関わり、あるチームの技術資産の構築に貢献・成功した男性のちょっとしたエピソードを紹介します。なお、予め断っておきますが、その元F1オーナーと僕には個人的な関わりはなく、ここに書くことはあくまで僕個人の主観的な意見ということをご承知おき下さい。

企業として存在するF1チーム


さて、F1チームはその名称にチームという言葉が含まれていますが、基本的には『企業』として存在しています。僕が現在所属するチームを例に取れば、Racing Point F1 TeamはあくまでF1へのエントリー名で、実際の企業名はRacing Point UK Ltdです。

SportPesa Racing Point F1 Team
社員数を考慮すると、どのF1チームも中小企業に分類されると思いますが、その収益構造(プライズマネーとスポンサーマネー)は一般的な中小企業とは大きく異なります。このため、チーム力を向上させるためには、独特な投資方法が求められることは想像に難くありません。このような経営を前提としたF1チーム経営において、『最も効率的にポイントを獲得すること』を成し遂げた元F1チームオーナーがいます。


ヒトを愛する、チームを愛する。


その元F1チームオーナーは、お金に関連するニュースに度々取り上げられていましたが、実際の人柄はとても温厚な紳士でした。彼がどれほどチームを愛し、大切に想っていたのか?その想いが伺い知れるモノがあります。

次の写真はある年の年間ランキング上位入賞を祝して作られたTシャツです。

元F1チームオーナーのメッセージ①
そこにはこんな言葉が書かれていました。

‘It’s not the amount of arms you have, it is the quality of your weaponry’
(武器の数の多さじゃないんだ、その武器がどれだけ優れているかなんだ)


そして、Tシャツの背面にはこんな言葉も書かれていました。

‘405 Reasons we finished fourth’
(4位でフィニッシュしたことには405人分の理由がある)


元F1チームオーナーのメッセージ②
活動資金には限りがあり、順風満帆な企業経営ではなかったかも知れません。しかし、その元F1オーナーは11年間に渡りチームメンバーを大切に想い、チームの技術的・人的な資産を育てることに重きを置いていたようです。このTシャツからは彼がそんな想いと共にF1で戦い続けてきたことを伺い知ることができます。

情熱と継続性があればこそ。


企業経営は経済的に健全であることが常に求められます。しかし、F1チームの経営に関して言えば、通常のビジネスという枠組みに加え、『F1への情熱』が特に必要であるように思います。今回紹介した元F1チームオーナーに限らず、F1界を見渡せば多くのチームが継続性に重きを置いています。それは情熱があればこそだと僕は考えています。

F1に新規参入し、成功するために必要なこと。

とても陳腐な言葉ですが、『チームを育てるために、情熱的に投資が続けられること』がF1新規参入に求められる本質的な答えかも知れません。その投資は時としてビジネスを度外視しているように見えることもあります。僕はそんな情熱的な投資に感謝しつつ、最大限の成果を出すことでその投資に報いたい…そう思いながら日々のF1開発業務を頑張っています。

[おわり]

2019年11月17日

F1新規参入はなぜ難しいのか?ー第2章ー

[前回のブログ]
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F1界の諸行無常


前回のブログでは技術の積み重ね、つまり技術資産の重要性について説明しました。なぜ、2010年にF1チームに参入したF1チームは技術資産が構築できなかったのか?そして、技術資産の欠落とF1撤退にはどのような関連性があるのでしょうか?

Caterham Technology社のReceptionにて筆者撮影
今回のブログでは現代のF1チームの特徴に言及しつつ、2014年の最終戦を最後にF1から姿を消したCaterham F1 Teamを題材にF1新規参入の難しさについて解説します。

現代のF1チームの特徴とは?


彩鮮やかなチームユニフォームを着たピットクルー。ピットウォールではインカムを装着したレースエンジニアがドライバーと交信し、様々な指示を出す。ドライバーはサーキットの上で激しいバトルを展開する。

引用元:Racing Point F1公式サイト
多くのF1ファンが思い浮かべるF1の世界のイメージはこんな感じではないでしょうか?このイメージはもちろん正しいのですが、実は表舞台で見られるF1チームはそのチームの全体からすればせいぜい10%ほどでしかないのです。ここで、現代のF1チームの特徴を端的かつ的確に表現するならば、次のような表現が相応しいと僕は考えています。

『レース部門が付帯した自動車メーカー』

つまり、F1チームの根幹は自動車メーカーそのものであり、レース部門はその一部でしかないということです。F1チームで実際に働いてみると、僕がかつて勤務していた日産自動車でやっていたことと本質的には変わらず、たまにF1チームであることを忘れてしまうことがあるくらいです。これが、僕がF1で働いて実際に得られた実感です。


F1チームと技術資産


もし、あなたが十分な資本金を持つオーナーとしてゼロからF1チームを創設することを考えた時、何を最初に準備すれば良いでしょうか?

その答えは『ヒトを集める』ことです。Caterham F1 Teamもまずはそこから始まりました。技術マネジメントとしてF1での経験が長いマーク・スミス氏やジョン・アイリ―氏を招き入れ、エンジニアやスタッフを他チームからヘッドハンティングし、開発体制を整備していきました。

『F1経験者を集めれば、チームとしてすぐに機能するだろう。』

Caterham F1 Teamのオーナーであったトニー・フェルナンデス氏はそんな風に考えていたかも知れません。しかし、一つだけ落とし穴がありました。それは、F1経験者を集めればF1チームとしては機能するが、高性能なF1マシンを作る能力が伴うかどうかは別問題だということです。

By Marc Evans from Newbury, UK - Toyota-Batman, CC BY-SA 2.0
かつて、日本の自動車メーカーもドイツに拠点を置きF1に参戦しました。設備も人材も最高レベルを擁していたものの、彼らが優勝を狙えるトップレベルに登り詰めるまでには7年もの歳月が掛かり、F1で成功することの難しさを痛感したのではないでしょうか。なぜ、難しかったのか?その理由は彼ら自身の歴史を振り返ればすぐに理解できるはずです。

すなわち、ローマは一日にして成らず、長きに渡る自動車開発の歴史こそが世界を代表する自動車メーカーを作り上げたのであり、同じく自動車メーカーであるF1チームも技術資産を積み重ねることが真に大切なのです。

Caterham F1 Teamの実情


以前Twitterでも呟きましたが、僕は2014年にCaterham F1 Teamに加入することが内定していました。しかし、2014年シーズンのチーム成績は不振を極め、破綻へと一歩一歩近付いていたようです。Caterham F1 Teamで当時働いていた友人が言うには『明らかに資金繰りが悪化したことを感じ、チームから離脱することを考えた』そうです。

技術資産は積み重ねてこそ価値が高まるものであり、その醸成には長い時間が掛かります。また、F1チームとして真にパフォーマンスを発揮できるようになるためには、時間に加えて巨額な投資も必要になります。しかし、投資が止まれば崩壊することは必然であり、一瞬にして消え去ってしまうものなのです。

Liefieldのファクトリー訪問時に記念撮影(2012年)
Caterham F1 Teamは残念ながら、技術資産が醸成する前に破綻してしまいました。かつてチームの活動拠点であったLiefieldのファクトリーは現在、廃墟となっています。まさに諸行無常の響きあり…といった言葉が思い浮かばれますが、悲しいことに盛者となる前に衰退しかねないことは、F1界における理の一つなのかも知れません。

[つづきはコチラ]

2019年11月16日

F1新規参入はなぜ難しいのか?ー第1章ー

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はじめに。


F1の歴史を振り返ると、長きに渡って繁栄を続けるチームが活躍する一方、様々なチームが誕生しては消え去っていく…そんな少し悲しい側面を見ることができます。直近10年分のF1の歴史を振り返れば、2010年にTeam Lotus、Virgin Racing、Hispania Racing F1 Team、2016年にはHAAS F1 Teamが新規参入してきましたが、2010年デビューの3チームは全て消滅してしまいました。

By Morio - Own work, CC BY-SA 4.0
これら2010年組の3チームがなぜ、破滅へと導かれてしまったのか?

その要因は一つではなく、様々に絡まり合った複数の要因があることは想像に難くありません。しかし、そもそもF1チームとして本質的な要因が欠けていたのではないか?と僕は考えています。今回のブログテーマでは、F1および自動車メーカーにおける技術文化を論説の軸に置きつつ、僕の考えを書き下ろしてみたいと思います。

2010年の新規参入チーム


まずは2010年に参入してきたチームを紹介したいと思いますが、Wikipediaの内容を転載しても意味がないので(汗)、実際にそのチームで働いた経験を持つ同僚から聞いた話を交えながら紹介したいと思います。

Hispania Racing F1 Team


元々は下位カテゴリで活躍していたカンポスレーシングがチームの起源で、マドリードを拠点に発足した初のスペイン系F1チームです。スペイン系F1チームが発足するに至ったその背景にはフェルナンド・アロンソ選手の影響があります。

By Andrew Griffith from United Kingdom - Bahrain Formula One, CC BY 2.0
アロンソ選手がF1に登場する以前、スペインでのF1人気はそれほど高いものではなかったそうです。しかし、アロンソ選手が著しい活躍をするようになるとスペインでのF1人気が爆発します。その影響はスペイン人エンジニアの就職事情にも影響を与えた程で、多くの若手エンジニアがF1を目指すようになり、現在は多くのスペイン人F1エンジニアがF1業界で活躍するようになりました。

このチームは、イタリアの名門レーシングカーコンストラクターであるダラーラに車体開発を委託していましたが、本来モータースポーツ産業が盛んではないスペインに拠点を置いていたこともあり、人材や活動資本の確保にチーム発足当時から苦戦していたようです。また、経営メンバーの入れ替えに伴いチーム名称を変更するなど、いくつかの悪影響をチーム消滅までずっと引きずってしまったF1チームでした。


Virgin Racing


2010年に新規参入したチームとしては、最も存続期間の長かったのがVirgin Racingです。このチームの特徴の一つにWirth Research社とのコラボレーションが挙げられますが、全ての空力性能開発をCFDで実施するという野心的な試みは有名な話です。名称はVirgin Racingから始まり、いくつかの名称を経てManor Racingへと変遷を遂げ、2016年の最終戦アブダビGPを最後に消滅します。

By Morio - Own work, CC BY-SA 3.0
このチームの拠点はずっとイギリスにありましたが、運営拠点(ヨーク州ディニントン)と開発・製造拠点(オックスフォード州バンブリー)が離れた別の場所にあったため、効率的な活動形態ではなかったようです。2010年に参入したF1チームとしては唯一ポイント獲得の実績があり、活動予算さえ確保できればF1に定着できる可能性があっただけに消滅はとても残念でした。

Manor Racingとなって以来、活動拠点はバンブリーにあるファクトリー(現在はHAAS F1 Teamがイギリス国内拠点として使用)に集約されましたが、チームの規模としては最も小さかったようです。このチームには日本人のエンジニア2名とメカニックが1名所属していましたが、チームの末期には活動予算が限られており、F1チームとは思えないほどの厳しい環境での活動を強いられていたそうです。

Team Lotus


マレーシア人実業家のトニー・フェルナンデス氏によって創設されたのがTeam Lotusです。当時、Lotus F1 TeamもF1に存在しており、Lotusという名称の使用権を巡る係争がありました。その後、フェルナンデス氏は保有するCaterhamの名称使用権を使い、Caterham F1 Teamへとチーム名称を変更します。

By Morio - Own work, CC BY-SA 3.0
残念ながらポイントを獲得することなくチームは消滅してしまいますが、他の2チームと大きく異なるのは、トニー・フェルナンデス氏がCaterham Groupとして、自動車・航空産業にCaterhamのブランドでビジネスを展開していたことでした。Caterham GroupにはF1チームの他、自動車技術のコンサルティング会社であるCaterham Technology、カーボンコンポジット事業を手掛けるCaterham Composites、そして名車Caterham 7で有名なCaterham Carsも含まれていました。

しかし、トニー・フェルナンデス氏は自動車産業でのビジネスの難しさを痛感したのか、Caterham Groupのビジネスとしての可能性に見切りをつけ、事業撤退を決断します。その結果、2014年を最後にCaterham F1 TeamはF1を撤退、Caterham Groupは解体されてしまいました。現在はCaterham Carsのみが存続しており、Composite事業も売却されたようです。

現在、F1業界ではMcLarenやWilliamsがこのようなグループ企業の形態を採用しており、株式も上場するなど、一定の成功を収めていますが、残念ながらCaterham Groupに限って言えば、そうはなりませんでした。

課題は何であったのか?


このブログの冒頭でも書いたように、これらのチームが破滅へと導かれた要因はいくつもありますし、その全てを断定することはできません。しかし、一人のエンジニアとして、自動車メーカーで働き、そしてF1チームで働いた結果、見えてきた一つの本質的な課題があります。

それは『技術資産の欠落』です。

そもそも技術を基幹とした企業が成功を収めるには、それ相応の技術力の高さが求められるのは当然のことであり、瞬間的な技術力の高さだけでなく、過去からの積み重ねも必要です。次回のブログでは、消滅してしまったCaterham F1 Teamの内情を例に、技術資産とF1撤退の関連性について解説します。次回更新もどうぞお楽しみに。

[つづきはコチラ]

2019年11月2日

イギリスとレーシングカート②【レンタルカート編】

[前回のブログ]
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イギリスでカートに乗ってみよう!


今回のブログでは、イギリスでのレンタルカートの楽しみ方を具体的に紹介します。このブログの読者の中には『将来イギリスに旅行に行ったら現地でレンタルカートに乗ってみたいけど、ちょっと英語に自信がない…』という方もいるかと思います。

引用元:Daytona公式サイト
けれども、ちょっと刺激的な走行を楽しめるのが海外のレンタルカートです。海外旅行を今後予定されているモータースポーツファンの方はチャレンジしてみてはどうでしょうか?今回のブログではMilton Keynesにある屋外レンタルカートのDAYTONAと屋内レンタルカートのFormulaFastを例に挙げていますが、イギリスには他にもたくさんレンタルカートコースはありますので、チャレンジしてみたい方はコチラで探しみてください。

イギリスのレンタルカートってどんな感じ?


最初にイギリスのレンタルカートコースの運営方法について説明しましょう。ほとんどのレンタルカートコースはいくつかの走行枠を設けており、その走行枠をネットもしくは電話で予約するのが一般的なスタイルになっています。

引用元:Daytona公式サイト
予約をしていなくても、空きがあれば現地で走行枠を確保することも可能ですが、曜日や時間帯によっては予約が一杯になってしまうこともあるので事前予約しておいた方が確実で安心できます。予約方法についてはまた次回以降のブログで紹介することとして、次節では走行枠を詳しく紹介します。


Arrive&Drive
アライブ・アンド・ドライブ


いわゆるフリー走行のことをArrive&Driveといいます。この他にもTimed PracticeやBook&Driveなどコースによって表現は色々とあるので注意が必要です(汗)。走行時間はカートコースによりますが、FormulaFastでは1セッション20分、DAYTONAでは1セッション25分になります。

引用元:Daytona公式サイト
そして気になる走行料金ですが、1セッションあたり£25~£40(3,500~5,600円)が相場です。日本と比べると1セッションの走行時間が長く設定されているので、お値段的にはほぼ同じと言えます。なお、複数セッションを予約すると割引が適用されることもあるので、せっかくなのでたくさん走りたい!という人には複数セッションの予約がオススメです。



Open Race
オープンレース


日本でも最近はSODIカートのワールドシリーズランキングの対象となっているオープンレースが人気となっていますが、イギリスでもオープンレースは毎回予約が完売になるほどの人気を博しています。DAYTONAのオープンレースではフルグリッドでなんと30台!参加ドライバーのスキルは上級者からホビー派まで幅広く参加しているので、腕に自信がない方でも十分に楽しめるはずです。

引用元:Daytona公式サイト
そんなオープンレースの走行料金ですが、DAYTONAのSODIオープンレースは£52.5(7,350円)です。ちょっとお高めですが、予選を兼ねた10分の練習走行と20分の決勝で構成されており合計30分の走行時間が確保されています。決勝が40分に拡大されたSODI D40レースは£72.5(10,150円)もあるので、とにかくバトルしながら走り込みたい人にはD40もオススメです。ちょっと高いですが…(汗)。


Junior/Bambino
ジュニア/バンビーノ


DAYTONAのMilton Keynesには子供専用のコースも完備されており、5~8歳未満向けのバンビーノと8~15歳以下のジュニアクラスがあります。走行料金はジュニア£26.5(3,710円)で走行時間は20分です。5~8歳向けのバンビーノは45分間の講習と実技のセッションが£48(6,720円)で受講できます。

引用元:Daytona公式サイト
お子さんのいらっしゃる方は、プロドライバーへの英才教育の一環として?!お子さんを参加させてみてはどうでしょうか?

まとめ


以上、イギリスのレンタルカートを紹介しましたが、ご自身のスキル、予算に合わせて楽しんでみてください。また、コースによって提供しているサービスの内容が上記の紹介と異なる場合もあるので、公式サイトをしっかりと確認した上で予約すると良いです。

なお、注意して欲しいのは旅行中のケガです。万が一の事故に備え、イギリスでカートに乗る場合は旅行傷害保険に加入しておいた方が良さそうです。

次回のブログでは具体的な予約方法について解説したいと思います。次回の更新もどうぞお楽しみに!

[つづく]