2018年2月24日

僕がF1エンジニアになるまで【はじめに】

[重要なお知らせ(Important notification)]

今回のブログのテーマを書き下ろすに当たり、僕の考える現在(2018年)のF1の立ち位置とこのブログを始めた理由について書きたいと思います。 本題に入る前にちょっとだけお付き合いください。

日本のF1人気低迷の原因とは?


日本には熱意あふれるF1ファンが多く、世界的に見ても日本グランプリは非常に評価の高いグランプリの一つだと思います。 実際にF1チームで働いていると同僚たちの日本へのイメージはとても良いことに気づきますし、レースで日本を訪れることを楽しみにしているというレースチームのメンバーも少なくありません。 まさに日本グランプリはF1の世界において確固たる地位を築き上げたと言っても良いでしょう。

(筆者撮影:2005年F1日本グランプリピットロード)
しかし残念なことに、ここ数年F1日本グランプリの来場者数が減っているようです。 2018年の日本GPは主催者の必死の努力とFOMとの交渉の結果、来場者数は増加に転じたものの、依然として90年代の全盛期には及ばない状況です。 このようなF1人気の低迷の原因として良く言われるのは、地上波での無料テレビ放送がなくなったことではないでしょうか。 確かにそれも一つの大きな原因として考えられますが、本質的な原因ではないと僕は考えています。 そもそも地上波からF1が消えたということは、番組として視聴率が稼げなくなった、つまりF1の視聴コンテンツとしての魅力が下がってしまい、F1に興味を持つ人が減ってしまったのではないかと。

例えば日本で人気のある他のスポーツ、野球やサッカーでは試合の最新情報に始まり、選手の調子、監督のコメントなど様々な情報が毎日のように届けられています。 その情報によってファンの人たちはそのスポーツの人間味溢れるリアルを感じられるわけです。 長く低迷の続く中日の松坂大輔投手や斎藤佑樹投手が今シーズンに掛ける復活への想いなど、そこにはドラマがあります。

一方でF1はどうでしょうか?

野球やサッカーほどではありませんが、ヨーロッパを中心としたインターネットメディアを通じてF1の情報は手に入ります。 また、有料放送ではありますが、テレビでの観戦もできます。最近ではフジテレビさん以外でも有料放送が始まり、 チョイスが増えたことはファンにとっては(お財布事情はさておき…)とても良いことだと思います。

しかし、年間を通じて多くの試合が開催されるプロ野球やサッカーと異なり、日本でF1観戦ができるのは年にたったの一度きり。 さらにF1はヨーロッパを中心に発展してきた文化であるため、F1を演じる人たちの息吹であったりエネルギーは日本にまでは届きづらいのではないでしょうか。 おまけにそのエネルギーの最大の媒介役となるべき日本人F1ドライバーが今は不在の状態です。 これらの複数の要因が絡まりあってしまったことで、F1への興味が薄れ、結果としてF1人気の低迷を招いてしまったのではないか?そう僕は推測しています。


演じる側からF1のリアルを届けたい


僕はエンジニアでありF1の世界においては主役ではなく飽くまでも脇役であり裏方です。そのためF1の世界のエネルギー全てを伝えることはできないでしょう。 しかし、幸運にもF1を演じる側の人間の一人になれたわけですから、リアルなエネルギーがF1ファンの方々に届くよう何かお手伝いができないか?そう考えるようになりました。 その結論としてブログやツイッターを始めることにしました。
このブログを通じてF1のリアルを感じてもらい、すでにF1ファンの人にはもっとF1を好きになってもらい、F1に興味のなかった人にはちょっとだけでも良いので興味を持ってもらいたい、 そう願いながらブログを書いています。

(筆者撮影:2005年日本グランプリ表彰台)
現在の所属チームとの契約上、このブログやツイッターに書けることには少なからず制限がありますが、ささいなことから意外な事実まで幅広いトピックで少しずつ書き足していこうと思います。 そこでまず、読み手の皆さんも気になっているであろう(?)、僕がどうやってF1の世界へと辿り着いたのか?そのリアルをお伝えしたいと思います。

今回のブログのテーマ『僕がF1エンジニアになるまで』、少し長くなる見込みですがお付き合い頂ければ幸いです。

[つづきはコチラ]

2018年2月18日

レーシングカートのハンドリング性能とその特殊性②

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さて、前回のブログではリジッドアクスル機構の特性について紹介しましたが、今回はそのデメリットをレーシングカートはどのように解決しているのか?その手法について紹介します。さらにセットアップ変更とハンドリング性能の関係についても解説していくことにします。

(後ろから3台目に注目…)



レーシングカートのステアリング機構の特徴


見た目はとてもシンプルなレーシングカートのステアリング機構ですが、とある極端な特徴があります。実は前回のブログの執筆後に自宅近くのサーキットへレース見学に行ってきたのですが、そこで分かりやすい写真を撮ることができました。さっそく下の写真を見てください。


ステアリングを切った方向のタイヤが完全に片下がりしているのがはっきりと分かると思います。このようなフロントタイヤの動きはレーシングカート特有のステアリングジオメトリによって実現しているのですが、次の写真で詳しく解説してみることにしましょう。


写真からも分かるようにステアリングを動かすと、フロントタイヤはキングピン軸を中心に回転します。キングピン軸と地面の交点は、タイヤの接地点中心近く(少なくともタイヤトレッドの範囲)に存在することが一般的なのですが、レーシングカートの場合、それらはお互いに遠く離れた場所に位置しています。つまりスクラブ半径が大きい設計になっているのです。


また、キングピン軸はレーシングカートを横から見ると後ろ方向に傾いているので(キャスター角)、スクラブ半径を大きく設定することにより、ステアリング操作時に内輪側のタイヤが下に大きく動くようになっているのです。

これがレーシングカートのステアリング機構の最大の特徴なのです。




リジッドアクスル機構のデメリットを消す


それではなぜ内輪側のフロントタイヤを下に大きく動かすのでしょうか?

その理由は前回のブログで紹介したリジッドアクスル機構のデメリットを消すためです。左右輪がつながっていることがコーナリング開始時に走行抵抗になるのであれば、内輪側のリヤタイヤの荷重を小さくする、または接地させないようにしてゼロにしてしまえば良い、ということです。


そこで先にも述べた通り『内輪側のフロントタイヤを下に大きく動くようにする』ことで、同じ内輪側のリヤタイヤを持ち上げてしまおうというわけです。これがいわゆるレーシングカートの『インリフト』と呼ばれる動きです。また、コーナリング中のレーシングカートがスムーズな挙動を見せるのは、このようなステアリング機構によってタイヤ左右間の接地荷重が絶妙にコントロールにされているからなのです。

レーシングカートをコースサイドで見ていると、タイトコーナーへの進入時に内輪側が一瞬だけ持ち上がる瞬間がありますが、上手なドライバーほど一発できれいにカートの向きが変わり、スルスルと加速していくのが分かると思います。ぜひ注目してみてください。



インリフトをコントロールするセットアップ


今回のブログではさらにインリフト量をコントロールするセットアップにまで踏み込んでフォーカスしたいと思います。


上の解説図はフロントトレッドの幅が大きい場合と、小さい場合のインリフト量を示しています。図に示すように内輪側のリヤタイヤは外輪側のリヤタイヤを回転中心(上の図で言うと赤線左側の点)*として持ち上げられることになります。

(*:厳密に言うと内輪側フロントタイヤの接地点と、外輪側リヤタイヤの接地点を結んだ線を中心軸として3次元的にシャシーが回転します)

フロントトレッドを大きくした場合はインリフト量が大きくなるため、ハンドリング性能はオーバーステア傾向になり、フロントトレッドを小さくした場合はその逆でアンダーステア傾向になります。

また、フロントトレッドはそのままでリヤトレッドを大きくした場合、インリフト量は基本的に変わりませんが、シャシーのロール角が小さくなることでアンダーステア傾向になり、リヤトレッドを小さくした場合はその逆でオーバーステア傾向になります。

ここで傾向をまとめると…


となります。路面コンディションやその他のセッティングにもよりますが、おおまかにはこの傾向となります。



前後トレッドのセットアップの進め方


さて、前後トレッドの変更でハンドリング性能の傾向が変化することを紹介しましたが、前後どちらを先にセットアップすれば良いのだろう?という疑問が出てくると思います。

インリフトの絶対量はフロントトレッドで決まるので、まずはフロントトレッドのセッティングに取り組むと良いと思います。フロントトレッドのセットアップでおおよそ狙いのハンドリング特性になったところで、リヤトレッドで微調整をすると良いでしょう。

また、大切なのは常にタイヤトレッド表面の摩耗具合をチェックして、タイヤ性能がしっかり使い切れているかどうかの確認を怠らないようにしてくださいね。



今回のまとめ


ちょっと長くなりましたが、レーシングカートの特徴的なステアリング機構について紹介しました。出来る限り写真と図解を用いてみましたが、いかがでしたでしょうか?今後の活動の参考になれば幸いです。

Shenington Kart Racing Club
最後になりますが、F1を始めとしてプロを目指すカートドライバーや学生フォーミュラチームの皆さんへのアドバイスです。

闇雲にセットアップを進めてもそれは速さにはすぐ直結しません(←これはかつての自分に対する反省点でもありますが…汗)。それなりに理屈が分かった上でセットアップを進められるようになれば、短期間でも効率的に結果を出せるようになるはずです。『走っては考える。考えては走る。』この繰り返しによって更なる高みを目指して頑張ってください。

頂点を目指すカートドライバーを僕は応援しています!いつか日本人F1ドライバーと一緒に仕事できることを楽しみにしています。

(おわり)

2018年2月17日

レーシングカートのハンドリング性能とその特殊性①

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F1ドライバーのレース活動の原点とは?

その答えはもちろんレーシングカートですね。今となってはレーシングカートでの実績なくしてF1ドライバーにはなれないと言ってもいいでしょう。2017年F1チャンピオンのルイス・ハミルトンも、かつてはカート界で目覚ましい活躍をしており、茂木で開催された2000年CIK‐FIAワールドカップでの優勝を覚えている方もたくさんいると思います。
(引用元:http://birelart.com/)
そんなレーシングカートですが、クルマとしての成り立ちはフォーミュラカーのみならず一般乗用車とも全く異なっているのです。誤解を恐れずに乱暴に表現するならば、共通点はタイヤが四つ着いているくらいと言っても良い?!くらいです。

そこで今回のテーマではレーシングカートの特異性にフォーカスしていきます。さらに第二回目以降ではレーシングカートのハンドリング性能とセッティングの関連性について紹介します。現役カートドライバーの方は知っておくとドライビングに幅が生まれる…かも知れません?!




すべてはリヤから始まるカートの特殊性


意外かも知れませんがカートの特殊性はリヤのアクスル機構から始まります。そして、その特殊性の根源は下の写真中の矢印に示す部分…そう、リヤシャフトです。

(かつて所有していたTONY KART RACER EV)
レーシングカートのリヤシャフトには、左右の後輪タイヤ2つに加え、ブレーキディスク(制動)とスプロケットハブ(駆動)が固定されています。一つの車軸に対して①リヤ車重、②制動・駆動トルク、③コーナリング中の横力、合計3つの負荷が掛かっており、人が乗るクルマとしては、現代のクルマにはまず見られない機構をしています。

2017年の全日本学生フォーミュラ大会では芝浦工業大学チームがリヤのドライブトレインにリジッドアクスル機構を採用したマシンを投入し、総合2位を獲得しました。デファレンシャルの省略による軽量化と、コーナー脱出時のトラクション改善を狙ったと考えられます。

(引用元:芝浦工業大学Formula Racing公式Twitter)
このようなカートを始めとしたリヤのリジッドアクスル機構はシンプルで製作が容易です。さらに軽量でローコストなのが特徴です。芝浦工業大学のマシンは少々ピーキーなハンドリングでしたが、前後ロール剛性バランスとサスペンションジオメトリをうまくセットアップできれば更なる速さを示す可能性があります。

リジッドアクスル機構、レーシングカートを始めとした小型レーシングカーに限って言えばアリな機構なのかもしれませんね。



リジッドアクスル機構とハンドリング性能の関係


ハンドリング性能はフロントタイヤとステアリング機構で決まる…と考えると思います。もちろんその通りなのですが、それだけでは理解としては不十分で、リヤの機構もまたハンドリング性能に大きな影響を与えているのです。リヤがリジッドアクスル機構の場合、ハンドリング性能には悪影響を与えることで知られています。



上の図はドライバーがステアリングを切り始めた直後のリヤタイヤ外輪と内輪の軌跡の違いを示しています。右端の点は車両の瞬間旋回中心です。厳密な意味ではちょっと実際と違う点がありますが、ここでは容易な理解のために簡易的に示しています。

この図における赤矢印青矢印は明らかに長さが違います。つまり、外側タイヤは長い距離を、内側タイヤは短い距離を走ることを意味します。しかし、リジッドアクスル機構は左右のタイヤがシャフトで直結されているので、どちらか一方がもう一方に合わせて動かざるを得ません。



リジッドアクスル機構の車両が低速旋回する場合、外輪側は青矢印の長い軌跡をトレースできないため、路面に対してマイナスの速度を持つことになります。その結果、上図に示すように外輪タイヤには後ろ向きの力、つまり減速力が発生してしまいます。また、この減速力は車両重心周りにおいて、旋回方向と逆方向のモーメントにもなるため、アンダーステアの原因にもなってしまうのです。

これがリジッドアクスル機構を搭載するクルマのタイトコーナーブレーキ現象とアンダーステア傾向の正体です。このような課題を解決するために、デファレンシャルと呼ばれる機構が使われることが一般的ですが、その進化型として三菱自動車が開発したAYC(Active Yaw Control)システムが有名です。



特殊性はリヤからフロントへと波及する


リヤにリジッドアクスル機構が採用されているレーシングカートは一般的なフォーミュラカーと比べるとちょっと特殊なハンドリング性能にならざるを得ません。さらに日本国内のカートコースはタイトコーナーが多いのでレーシングカートには不向きと思われます。

しかし、走っているレーシングカートを見ていると、わりと流れるようにコーナーを駆け抜けているように見えますよね?リジッドアクスル機構なのに不思議ではありませんか?

(かつて所有していた愛車のBirel。個人的にはTONYよりBirel!)

実はリジッドアクスル機構のデメリットを回避するためのアイデアがフロントのステアリング機構に織り込まれているのです。次回のブログではそのステアリング機構の特殊性についてフォーカスします。お楽しみに!

(続きはコチラ)



2018年2月11日

F1ドライバーとドライビング理論②

[前回のブログ]
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ドライバーの運転行動とは?


運転中のドライバーはいくつかの運転行動を繰り返し実行しています。日頃それらの運転行動を意識的に実行することはありませんが、無意識的に実行されていることを知っておけば安全運転のヒントになると思います。このブログに書かれていることを参考にしつつ、日々の安全運転とレース観戦に役立ててもらえれば幸いです。

(イギリスの2車線のモーターウェイ)
それでは上で述べた運転行動について紹介することにしましょう。ドライビングは次の三つの運転行動の繰り返しによって成り立っています。

①認知
視覚情報(信号の状態 / 他車との距離 / 歩行者の有無 / 路面の状況など)
官能情報(車両の速度 / 加速G / 横G / 上下加速度 / ヨー角速度など)

②判断
認知で得られた情報を総合的に判断し、次の取るべき運転操作を決定します。運転行動において最も重要になるのが、この判断になります。そして第一弾で紹介した欧米のレーシングドライバーの好戦的な運転行動特性は、この判断が日本人とは違うことに起因しています。

③操作
判断結果に従い、ドライバーはアクセル操作/ブレーキ操作/ハンドル操作を実行します。単独で実行することもあれば、同時に実行される複合動作となることもあります。レーシングドライバーはこの操作に身体的能力の高さが要求されます。

それでは①~③を図式化してみることにしましょう。この図式によって、アタマの中でイメージしやすくなると思います。




このようなサイクルをドライバーは常時繰り返し実行しているのです。一般的に、このサイクルのうち少なくとも一つに問題が発生した時に交通事故は発生します。認知不足、判断ミス、操作ミス、そして車両故障です。運転に慣れてくると無意識のうちにミスをしがちです。安全運転のためにも、それぞれの運転行動がちゃんとできているか?車両に整備不良がないか?こういった基本を見直すことをおススメします。

それではF1ドライバーは一般のドライバーと違って何がすごいのか?次にその違いを上で紹介した図を用いて解説していきます。

F1ドライバーの驚異的な運転行動サイクル


一般ドライバーとF1ドライバーの決定的な違いは運転行動サイクルの速さと正確さです。公道での運転において一般的なドライバーのサイクル回数が10回/秒であるとすると、F1ドライバーは1000回/秒でのサイクルが可能である、といったように例えられます。ここで挙げた数値はあくまで例ですが、F1ドライバーは強烈な速さで運転行動をこなしているのです。

(引用元:F1公式YouTubeチャンネル)
三つの運転行動の中でF1ドライバーにとっての基礎は『操作』になります。1時間半に渡ってハイペースでレースを走り切るには驚異的な身体能力の高さが求められますが、現代のF1ドライバーの身体能力はトップアスリートそのものなのです。

例えば次のドライバーにはどのようなイメージがありますか?クビ周りの太さはありますが、全体的な印象としては線の細い体格をイメージさせます…

(引用元:F1公式サイト)

しかし…レーシングスーツを着ていないと、そのイメージは一変します。

(引用元:Esteban Ocon公式Twitter)
脳内での運転行動サイクルの速さに加え、最大で5Gを超える過酷なG環境の中で確実で持続的な動作も求められる。それがF1ドライバーというトップアスリートになるための絶対条件なのです。


F1ドライバーの『判断』基準とは?


レースにおいて好結果を得るためには、リスクと確実性という相反するパラメータを高度にバランスさせた判断が必要です。そしてその判断基準に大きな影響を与えていると考えられているもの、それが前回のブログでも述べたDNAレベルの闘争本能です。

(引用元:F1公式YouTubeチャンネル)
現在の全てのF1ドライバーは『認知』と『操作』についてはトレーニングによってトップアスリートのレベルにあります。しかし、『判断』について言えば、DNAレベルの本能に加えて年齢や性格に大きく影響されるため、個性が最も出る領域なのです。

結果の伴うドライバーとそうでないドライバー、そこにどんな判断の差があるのか?このような視点と一緒にレースを見ることで、何か新たな世界が見えてくるかも知れません。ぜひ、想像(妄想?)しながらレース観戦を楽しんでみてください。

[おわり]


2018年2月10日

F1ドライバーとドライビング理論①

[重要なお知らせ(Important notification)]

はじめに


ヨーロッパで生活しているとモータースポーツの存在を日本の100倍以上身近に感じることができます。イギリスでは、隣に住むおばあちゃんですら『この前のレース、あなたのところのチーム調子良かったわね!』と声を掛けてくれます。

ドライバーの運転特性とは?(引用元:Racing Point F1 Team)
そんな国なので誰もが運転が大好き。週末ともなるとレンタルカートサーキットは本当にたくさんのドライバーで溢れかえります。まさに多くのF1チャンピオンを輩出する国ならでは。そこで、今回のテーマでは日本とヨーロッパの違いについてフォーカスし、さらにドライビング理論との関係性について紹介していきます。

国の成り立ちがドライビングの違いに影響?


地域によってドライバーの運転特性は異なりますが、まずはイギリスを例にして日本との交通事情の違いを浮き彫りにしてみたいと思います。

イギリス。日本語では一言で簡単に表現することが多いですが、正式名称は『グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国』です。さらにグレート・ブリテンも北部アイルランド連合王国もさらに小さな国に分かれます。そう、実はイギリスは一つの国ではないのです。また、ちょっと話がややこしくなりますが、サッカーのワールドカップにはイギリス代表という概念はなく、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドそれぞれに代表チームがあります。一方でオリンピックの場合はイギリス代表が存在します。

このような国家の成り立ちをしているので、主要都市だけでなく地方都市も日本のように集中することはなく適度な距離で分散しています。イギリスで最も有名な大都市と言えばロンドンですが、ロンドン市内からクルマで20分も走ればのどかな風景がすぐに眼前に広がります。


このような都市構成のおかげで、制限速度は日本より高めに設定されています。片側一車線の一般道では法定速度が96km/h、高速道路では114km/hになります。日本のように速度違反取締り用のスピードカメラが設置されていますが、制限速度以上のスピードで道を急ぐ人が少なくありません(汗)。

日本とは異なり、渋滞も少ないため走行ペースが圧倒的に違う。それがイギリスの交通事情の特徴の一つです。


ドライビングを織りなすDNAレベルの本能


イギリス、フランスでの生活経験のある自分がサーキットで学んだこと。それは『空いているインはオーバーテイクして下さいというサインである。』ということです。アマチュアドライバーに関して言えば、ちゃんとオーバーテイクできるかどうかは全く無関係に、インに突っ込んできます。そしてぶつけながらオーバーテイクしていくのです。

ヨーロッパの人々はかつて狩猟民族であったと言われています。狩猟民族は蓄えを持てる農耕民族と違い、明日食べ物にありつけるかどうか分かりません。今目の前にあるチャンスは逃してはならない、こんなDNAレベルでの本能がリスク度外視?とも受け取れるドライビングに繋がっているのかも知れません。


上の動画はYouTubeでも有名なカート動画で、コーナーのインとアウトという概念を超え、上空からオーバーテイクするという驚異的なシーンです。もちろん偶発的なアクシデントだとは思いますが、こういうシーンからもヨーロッパの人たちのメンタリティの一端を感じることができると思います。

『参加することだけに意義はない。やるからには勝つ。勝つことに意義がある。』

日本人のレーシングドライバーも同じメンタリティを持っていると思いますが、決定的に違うのは(レースに限らず)大きなリスクを覚悟してチャンスに挑むという点のように感じます。

第二弾ではいよいよドライビング理論について紹介していきます。いわゆるドライビングテクニックとは違う視点での理論で、ちょっとアカデミックな内容になります。お楽しみに。

[つづきはコチラ]

2018年2月7日

空力の鬼才エイドリアン・ニューウェイとは③

[重要なお知らせ(Important notification)]

エイドリアン・ニューウェイについてのブログ第三弾です。今回が最終回になります。前回のブログでは空力性能開発におけるニューウェイの立ち位置と全体最適化課題について触れましたが、今回のブログではまず始めにその課題の核心に迫ります。



登る山は果たして世界最高峰か?


部位ごとの空力デザインが完了すると、次は空力開発の統括リーダーの下で全体最適化に取り掛かります。開発コンセプトのイメージ通りに車両全体の空気流れが実現しているか?目標に掲げた空力性能はどれほど達成しているか?そして更なる性能向上が見込めるか?といった視点で空力性能を磨いていきます。

開幕までの差し迫る時間との闘いでもあるため、時間の許す限り性能を絞り出そうと世界中から集まった優秀なエンジニアたちが必死に最適化を繰り返します。そしていよいよ最終出図を迎えます。その時のエンジニアの心境たるや『やれることは全てやった。今はこれがベストであることは間違いない』といったところでしょう。

しかし、ふと、こんなことが脳裏をよぎるのです。



(引用元:Himalayan Experience)

全体最適化の取り組みを始めた時、エンジニアは山の麓にいますが、その頂点は雲に隠れており窺い知ることはできません。シーズンが開幕して初めて晴れ渡った空の下で自分たちが登り詰めてきた山の高さを知ることになります。

もし世界最高峰と信じて登頂してきた山が富士山であったとしたら?それはすでに取り返しのつかない事態であることを意味します。




麓ではなく上空から頂点を見極める力


様々な組み合わせから最適解を見極めようとする解析手法は近年盛んに開発されています。また、スーパーコンピュータの性能向上に伴い、飛躍的に解析範囲が広くなってきています。

(引用元:理化学研究所)
レギュレーションにより実行可能なCFD計算量に制限はあるものの、複雑かつ膨大な非線形性の上に成り立つ流体力学モデルから全体最適解を導くことは少なくとも現時点では不可能と言っても過言ではありません。全体最適化課題はエンジニアの前に依然として立ちはだかっているのです。

この課題に対して最も強いチーム、それがニューウェイ率いるRed Bull Technologyなのです。そのRed Bull Technologyで空力エンジニアとして働くダレンはこう言います。





ダレンはこうも言っていました。『彼が導き出すベストな解を僕らが出そうとすると10人の空力エンジニアが必要なんだ。でも、それを彼は本当に一人でやってのけてしまうのさ』と。つまり、ニューウェイは上空から最高峰の山を見つけ出す驚異的な能力があるということです。

(引用元:レッドブルレーシング公式HP)
にわかに信じ難い話ですが、ニューウェイのこれまでの輝かしい実績を見れば誰しもその言葉を信じたくなることでしょう。また、ダレンによれば、Red Bullの2018年マシンはニューウェイが久しぶりに陣頭指揮を執って開発したマシンになるそうです。つまり、確実に速さを備えているいることを意味します。

果たして今年のRed Bullはどのようなパフォーマンスを見せるのか?今年のF1において、最も注目すべきマシンの一つ、それはRed Bullの2018年マシンRB14であることは間違いありません。



なぜ空力の鬼才ニューウェイは生まれたのか?


ニューウェイがF1でのキャリアを始めた頃、F1マシン開発に関わる人数は今に比べれば非常に少ない人数でした。このためエンジニア一人が担当する範囲は広かったのです。さらにニューウェイは若い頃よりマシンのチーフデザイナーとして活躍してきたので、全ての技術領域に精通する機会に多く恵まれました。

(引用元:F1速報)

本人のずば抜けた才能に加え、時代もニューウェイの能力を高めることを助け、希代のF1エンジニアへと登り詰めたのです。

現代のF1マシン開発は細分化開発が主流であることから、技術的マルチドメインなトップエンジニアは減少傾向にあります。近代F1で名を馳せたジョン・バーナード、ロリー・バーン、ハーベイ・ポストレスウェイト(1999年死去)はすでに一線を退いており、ニューウェイは現代F1の中では特に貴重な存在になっています。

そして、非常に残念なことですがニューウェイのようなエンジニアが今後生まれてくる可能性は極めて低いと考えられます。その理由は上にも書いたように、現代のF1マシン開発は細分化開発が基本であることから、個人の責任分担がトップチームでは非常に小さく、広範囲に渡る技術領域に精通する機会が少ないためです。

全体最適解を導けるエンジニアが生まれにくいにも関わらず、全体最適解を導くことがより一層重要になってくるというのは何とも皮肉な状況です。自分がニューウェイのようになれるとは全く思いませんが、このような難課題に挑んでライバルを打ち破ることがF1という世界でエンジニアとして働く醍醐味の一つです。

ニューウェイに追いつく。そして、追い越して打ち勝つ。そのことがいかに難しいことであるかを知ることができました。これがダレンとの出会いで得られたことでした。

(終わり)

2018年2月5日

空力の鬼才エイドリアン・ニューウェイとは②

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前回の第一弾に引き続きエイドリアン・ニューウェイについてのブログ第二弾です。ダレンの驚きの言葉を紹介する前に、今回のブログでは現代F1マシン空力開発の大まかな流れとニューウェイのエンジニアとしての立ち位置を解説します。



F1マシンの空力コンセプトと開発体制

モノづくりは必ずコンセプトを定義することから始まります。これはF1でも例外ではなく空力部門のトップが統括リーダーとなって実現したい空力コンセプトを決めていきます。この時、リーダーの脳内には車両全体の空気流れのイメージが存在しているはずです。

(引用元:TOTALSIM社HP)

統括リーダーの定めたコンセプトに従い、空力部門のエンジニアたちはフロントウィングからリヤウィング、ノーズ下からデュフューザーまで様々なストリームラインを想定して形状を決めていきます。形状の決定プロセスとしては、CFD解析で最適形状の候補を洗い出し、風洞でベスト形状を選定するという手法が一般的です。

メルセデス、フェラーリ、レッドブルなどのトップチームの空力開発チームは、グループ毎に細分化された空力パーツの開発を進めており、統括リーダーは各グループの成果を確認しながら空力性能の全体最適化を図ります。この仕事こそが空力開発の統括リーダーとして最大の責務であり、最も難しい課題でもあります。




局所最適化から全体最適化へ


近年のCFD技術は目覚ましい進化を遂げています。限定された空間エリアの形状(例:サイドポンツーンの一部)であれば、自動で最適形状を導き出すことも可能になりました。つまり、局所最適化に関して言えば、以前よりも効率的に開発が進められるようになったということです。

(引用元:https://www.f1technical.net/)

一方、全体最適化となると全く別の技術課題であり、その難易度は局所最適化の課題と比較して格段に高くなります。例えば、フロントウィング、リヤウィング、デュフューザーを単体でベストな形状を割り出し、マシンに織り込むとします。

果たしてそのマシンはベストな空力性能となるでしょうか?答えはもちろん"NO"です。そもそも車両を取り巻く空気流れはフロントからリヤまで連続的な流れであり、局所最適解の集合が必ずしもベストになるとは限りません。

ニューウェイが長きに渡って担ってきたのはこの全体最適化課題であり、この技術領域で驚異的な能力を発揮してきたようです。では、彼の能力がどう驚異的だったのか?次回のブログでは、ダレンの言葉を交えながらニューウェイの能力の凄さについて、より具体的に紹介していきます。



2018年2月4日

空力の鬼才エイドリアン・ニューウェイとは①

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F1エンジニアとして現在最も知名度のある人と言えば、誰しもが同じ人物を挙げるでしょう。そう、エイドリアン・ニューウェイ(Adrian Newey)です。『空力の鬼才』と呼ばれており、これまでにウィリアムズ、マクラーレン、レッドブルでチャンピオンマシンを手掛けたことで有名です。

個人的に一番印象に残っている彼の手掛けたF1マシンと言えば、90年フランスGPでイヴァン・カペリを2位表彰台へと導いたレイトンハウスCG901です。その美しさに惚れ、タミヤの1/20スケールのプラモデルを買って作り上げては見惚れていました。

(Red Bull Technology:著者撮影)

と、ここまで書いたことはネット上で良く見かける情報であり、誰しもが同様の想い出を持っているかと思います。恥ずかしながら僕はニューウェイについて、それ以上の大した知識はありませんでした。しかし、つい先日とあることがきっかけでニューウェイの驚異的な逸話を耳にする機会に恵まれたのです。




RBT空力エンジニアとの偶然の出会い


僕の週末の楽しみの一つはMilton Keynesのレンタルカートサーキットでオープンレースに参加することです。その日はたまたま天気が良かったので、ネットで事前予約をしてサーキットに出掛けました。するとサーキットには見覚えのある参加者が一人いました。

(DAYTONA Milton Keynes:著者撮影)

彼の名前はダレンといいます。昨年たまたま同じオープンレースに参加して"負けた"相手ですが、その彼とは気さくに会話を交わす仲になっていました。そのダレンの仕事はRed Bull Technologyの空力エンジニアで10年以上F1業界で働いた経験を持つ人です。

そんな彼と2018年シーズンの展望についてオープンレース前に語り合っていました。そこで以前から気になっていたことを聞いてみました。『ニューウェイさんは今年のマシン開発にはどれだけ関わっているの?』と。

彼の答えはこうでした。『去年のマシンまではアドバイザー的な立場だったけど、今年のマシンは彼が大きく関与している。だから間違いなく速いよ。』

(Williams Grand Prix Ltd:著者撮影)
いやいや、ちょっと待って。『間違いなく速い』と言い切る彼に驚きを感じたので、さらに質問をしてみました。

『現代のF1マシンはCFD(数値流体力学)と風洞をフル活用して空力性能を開発するのが当たり前だけど、ニューウェイさんはCFDに強いわけでもないのに、なぜ速くなると言い切れるの?』と。この質問に対するダレンの答えは僕の想像を超えるものでした。。。

[続きはコチラ]


クルマのバネ上共振周波数とは?②

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前回のブログではバネ上共振周波数の重要さについて解説しましたが、一般的にどの程度の値が相場なのでしょうか?そこで次の表におおよその数値をまとめてみました。量産スポーツカーに関して言えば、近年その相場値がレース車両レベルにかなり近くなっているようです。GT3規定車両などの登場の影響があるのかも知れません。

バネ上共振周波数の相場値

最近のトップフォーミュラでは、サードエレメントと呼ばれる剛性要素があるためサスペンションのストローク量に応じてトータルのバネ定数が変化します。これにより共振周波数は一定ではありません。上の表での相場値のレンジがその他の車両タイプに比べて大きくなっているのはこのためです。




バネ上共振周波数の計算の仕方


ここではオーリンズ社製学生フォーミュラ用スプリングダンパーユニットを例に、バネ上共振周波数を計算してみることにします。

(オーリンズUSA社公式サイトより引用)
今回は車両とサスペンションのスペックを次の表にしてみました。ここで注意したいのは、前回のブログで解説したモーション比です。[バネ変形量] / [タイヤ軸中心の上下移動量]と定義されることに注意してください。このモーション比の二乗とバネ定数を掛け合わせることでホイールレートが求まります。

(補足:モーション比が完全に一定値になることはなく、サスペンションのストローク量に応じて変化することが一般的です。このため、モーション比は1G接地状態などの代表値で計算すると良いでしょう)

さて、バネ定数はオーリンズ社のHPより、おおよそ中間の固さである300lb/inを選びました。ここでの注意点は、バネ定数の単位をSI単位系に換算することです。下の表には単位変換後の数値も一緒に掲載してあります。

サンプル車両のスペック一覧

それでは、これらの数値を使いフロント/リヤそれぞれのサスペンションのバネ上共振周波数を計算してみることにします。注意するポイントはバネ定数を2倍する点です。フロント、リヤそれぞれの左右に1個ずつバネが装着されているためですが、この2倍を忘れた数値がスペックシートでも散見されるのでご注意を。




今回の例では、単純な例とするために前後左右全てにおいて同一のバネを使うことを前提としています。今回の計算はフロントで3.91[Hz]、リヤで3.53[Hz]という結果になりましたが、この数値を見てどのように思いましたか?上の表の数値と比べてみると、学生フォーミュラ車両の立ち位置が何となく見えてくるとは思いますが、どう捉えるかは学生の皆さん次第です。

来年以降のデザイン審査において『僕たちの考えるベストな値はこの数値です!』という皆さんの考えをぶつけてくれることを期待しています。

(早稲田大学2014年車両:著者撮影)
最後に、参考までに設計的に非常にまとまっており比較的好印象だったサスペンションの写真を掲載しておきます。コンプライアンス面での剛性不足が少々懸念されますが、サス設計の基本をちゃんと踏まえているので、参戦年数の少ないチームはお手本にすると良いでしょう。



まとめ


前回と今回のブログでバネ上共振周波数の技術的な意味や算出方法について紹介しました。

バネ上共振周波数が適切に設計できるようになると、次はダンパー減衰力がどうあるべきか?さらにはロール剛性はどうすべきか?といった疑問にたどりつくと思います。この先は学術的な知識が必要になってくるとは思いますが、その知的欲求を大学での学びの意欲にも繋げられるとなお良いです。

ちなみにF1のサスペンションには外から見えないところに驚くほどの創意工夫が織り込まれています。残念ながらどんな創意工夫なのかをここに書くことはできませんが、レギュレーションによる制約が少ない学生フォーミュラからF1を超える創意工夫が生まれてくることを期待しています。